Sai's Message for The Golden Ageは上記のリンクから、また「サイババが帰って来るよ。」五部シリーズは、紙本も含めて下記のポニョ書店からどうぞ。
http://bccks.jp/store/114521
ポニョ:カルーでのサイババさんの初めての公の場での人類へのメッセージ。これは、圧巻やったね。神は悪人を罰して善人を守るためにやって来たんだ。って凄いメッセージやったな。ところで、おいらは善人の部類に入っているんやろか。
ヨシオ:ちょっと危険ラインやろな。俺も、長い間サイババさんの講話を読んでるけど、講話の最初に自分が今いるところは広くて、風通しもいいところなのに、君たちがいるところは混んでいて立ちっぱなしで大変だから心が痛むので、自分もそこへ行って皆と一緒のところで話をしたい。て言われたのは、初めて知った。優しいね。
ポニョ:ちょっと待ってや。なんで、危険ラインやねん。黙って聞いてたら、ひどいこと言うね君。
ヨシオ:まあ、俺は時々正直になるから気にしないでいいよ。ほら、サイババさんって人智を超えたところで、いつも何か俺たちが理解が出来ない事をやられるやろ。今日の記事にも出て来るけど、わざわざサイババさんが、長旅をしてある人の家に行き、いろんな奇跡をされて、神像を鎮座されたりするんやけど、いつ、誰に、どういうことをされるって凡人にはさっぱり分からないもんな。だって、その旅だって運転手にわざわざ早く行かなければいけないと、指示を出しておられるんや。誰も、その理由が分からん。推測できるのは聖なる時間っていうのがあってそれは毎日違うんやけど、それに間に合うように行かれたと思う。でも、本当のところは誰も分からない。

ポニョ:そう言えば、おいらの知り合いの人なんかは、時々冗談で、サイババさんは神さんやから俺たちは彼のことを理解出来ないけど、人であるおいら達の気持ちもサイババさんは分からないやろなって。そういう冗談っていくら冗談でも、笑う気にはならないよな。
ヨシオ:この講話を始められる前に、混みいったところに立っている人々の事を気遣われる言葉に表されているよな。全てをご存知なんやってことが。
ポニョ:サイババさんは全ての人の心の中に宿っておられるから、その人の心の小さいひだまで読み取ることが出来るんや。

ヨシオ:俺の知り合いも、アシュラムの部屋でトランプをして遊んでいる時に、興奮して大きな声を出すので、隣の部屋の人に聞こえるで、うるさいって言われるで。と言ったんやけど、その人は大丈夫や。サイババさんは、神さんやから俺たちのようなこんなトランプゲームをやってるところまで付き合われないわ。と言ってたんやけど、次の日、インタビューに呼ばれて、部屋で大きい声を出すな。お前はうるさい。と怒られていた。
ポニョ:本当に何でもお見通しやな。そういや、サイ大学の学生がこんな話をしてた。ある学生が、トイレで隠れてタバコを吸ってたんや。それで、ある日みんなの前で、サイババさんがその学生を呼んでタバコを一本物質化して渡し、指をパチンとならすと指の先に火がついて、いつもトイレの中でやっていることを、ここでしてご覧。と言われたんや。
ヨシオ:すごいなそれって。俺も、サイババさんが学生たちに写真を物質化させて見せた話は聞いたことがある。その写真にはある学生が隠れてタバコを吸っているのが写っていたんや。
ポニョ:神様に何も隠し事は出来ないよな。神様はいつも自分の良心として、あなたの一挙一動を見ておられますぞよ。

ヨシオ:でも、昔イタリア人の人と一緒に働いたことがあるけど、その人はタバコ中毒でどこに行くのもタバコを離せなかったんや。いつも胸のポケットに一箱入れていて、アシュラムでも平気で部屋で吸っていたんや。
ある日、インタビューに呼ばれてサイババさんに注意されるかなと思っていたんやけど、サイババさんは、その人にしか聞こえないほどの小さい声で、そんなに人がすぐに見て分かるところにタバコを入れずに、どっか人が見ても分からないところに隠して持ち歩きなさい。と胸のポケットに入っているタバコの箱を上から押しながら言われたんや。
ポニョ:そのイタリア人の人がタバコ中毒ですぐにやめれないから、時間をかけてやめさそうとしてはったんかな。シンガポールから来た若い人にも、君はまだここに来て神への道を歩むには早すぎる。この金を使ってもうちょっと世俗的な欲望を満たしてから来なさい。と言われて大金を物質化されてその若者に渡されたことがある。
ヨシオ:フィリスクリスタルさんにも、君は魚を食べた方が身体に良いって言われたよな。
ババはそれぞれの人に合ったアドバイスをされるから、あゝだから、俺たちもタバコを吸ったりしてもいいんだ。欲望を果たしてから霊性修行に打ち込めばいいんだ。だからと言ってバジャンの前にカジノに行こう。とはならないよな。
ポニョ:まあ、人によっては、こういう話を聞くとババの教えを自分の都合のいいように解釈して、サイババさんの教えを歪めて理解し、欲望をどんどん膨らまして行くんや。
ヨシオ:人って、なかなか自分の欲望をコントロールするのが難しいよな。と、食欲をコントロール出来ないポニョが話を締めくくってくれましたので、サイババさんの話に移ります。
ポニョ:ちょっと待ってよ。なんでそこでおいらが出て来るんや。

ヨシオ:特別友情出演や。チェッティアさんの家の二階に滞在中、サイババさんはチェッティアさんの子供が泣き止まないのに気がつきました。階下におりてどうしたのかと聞くと、ひどい中耳炎になっていて、すごく痛がって泣いていました。

サイババさんは、ヴィブティを出されて耳の中に入れられて優しく撫でられると、すっかり中耳炎は治っていたのです。
カルーでのサイババさんは、多忙を極めました。というのも、出来るだけたくさんの人々の家を訪ねなくてはならなかったからです。それらのサイババさんを招待された家では、サイババさんの手土産を例外なく受け取ることが出来ました。
それは、神の神像であったり、リンガムであったりしました。ある家では、三十センチもあるガネーシャ神の神像を物質化されたのです。

ある家庭で、サイババさんはお守りを物質化させてそれをプレゼントされる時に、あなた達はこのお守りを大事に取り扱わなければならない。無くしたりしてはならない。
お守りをそのように扱っている間は、君たちの家庭は順調だろうけど、もし無くしてしまえば困難が待ち受けるだろう。と警告されたのでした。
ババの予言の通り、その家族はお守りを大事にしている間は、何事もなく全てが上手く回っていたのですが、ある日お守りを無くしてしまったのです。
それ以来、経済的にも、家庭の中においてでも困難な状況が襲って来たのでした。
サイババさんの名声はとどまる所を知りませんでした。
サイババさんが、滞在されておられる家の前では、一目でもサイババさんを見たい、少しでも話したいという人々が家の前の路上で寝泊まりし始めたのです。
というのも、家の前にいればいつかはババと言葉を交わす機会がめぐって来るので、その場所を離れることによって、その機会を失いたくなかったのです。

ババはウダルマルペットというところに住む帰依者から、招待を受けました。
その日の十時にババを乗せたバンが出発しました。出発するにあたりババは家の前にいた人々にタオルを振って挨拶されました。ババは運転手に急いで運転するように伝え、ラドゥという食べ物を物質化して皆に与えました。
途中にペルンパラムというところで、一行は休憩することにしました。ドライバーは、ガソリンがあとどれくらい残っているかチェックしていましたが、ババはガソリンを入れてはいけないと言われました。
ドライバーは、ガソリンがほとんど無いのにどうしてそういうことを言われるのか理解出来ませんでした。
それで、もう一台の伴走している車からガソリンをもらって来てバンに入れようとしましたが、やはりババがガソリンは入れなくても良いと言われたのです。

皆は、バンに乗り込みましたが、途中でガス欠になるのを恐れていました。しかし無事に目的地である帰依者の家に着いた途端、エンジンは止まったのでした。
その家のオーナーであるバラパッタビさんは、昼食用にババに銀の食器を用意していましたが、ババはバナナの葉っぱを持って来るように言いました。
そして、皆が食べ終わるとその葉っぱを穴の中に捨てるように言いました。
その後、ババは手を穴の上にかざすとトゥルシの木が忽然と現れたのでした。それと同時にサイババさんは元気に咲いている花をポットごと物質化させてトゥルシの木の横に置かれました。
その後、ババはある場所をきれいにして、花びらで神聖なパターンを描きなさいと言われました。
その上を物質化したヴィブティで清めれた後、手のひらを下に向けられると九つの宝石が手から出て来て下に落ちました。そして、もう一度手を振られるとその宝石は、自分の力で土の中にもぐって消えてしまったのでした。

その後、以前チットラヴァティ川の河原で砂の中から取り出して、バラパッタビさんにプレゼントされたラーマの神像を持って来るように言われました。
そして、それをその場所に鎮座させました。

ラーマの像
その後、アラティ(火で清める儀式)をした後、玄関先でヒンドゥー教のしきたりであるココナッツを割って、ババをお送りしようとしたら、ババは玄関の戸を開けさせずに、そのココナッツを左手に持ち、右手の指でココナッツの周囲をなぞられました。すると、ココナッツは見事に二つに割れたのです。不思議な事に中に入っていた水は一滴もこぼれませんでした。
ババは、手を振ると金の九つの惑星の像が出現しました。そしてそれを二つに割れたココナッツの真ん中に置かれて、もう一つの割れたココナッツの半分を蓋のように上からかぶせられました。すると、割れたはずのココナッツが完全に一つになり、金の像が入ってるココナッツになりました。
ババは、それをハンカチでくるみ、玄関先に据えて礼拝をするように言いました。
その後もう一度アラティをして、ババはそこにいた全ての人と順番に話し、外にいた人にも挨拶をされてバンに乗り込まれたのでした。

貧しい人であれ、億万長者であれ、すべての人が神に祈らなければなりません。
というのも、食物や水を与えてくれるのは神だからです。
人間は自分だけの力で食物や水を創ることはできません。
人間は、健康的な生活を送るためには、どんな種類の食物が必要かということすら知りません。
人はそれを理解するよう努めるべきです。
何であれ、神のすることは世界の幸せのためなのです。
皆さんは、世界は神の姿そのものであることを理解しなければなりません。
創造主と被造物とは別々のものではありません。
人は、世俗的な欲望を満たすために神を礼拝すべきではありません。
私たちは、神に到達するために神に祈るべきです。
神は帰依者に恩寵を注ぎ、必要なものはすべて与えてくれます。
被造物にとって、何が役に立つかを知っているのは神のみです。
あなたが必要とするものは、時が満ちたときにすべて神が与えてくれます。
あなたが過度の努力をしなくても、神はあなたにふさわしいものを与えてくれます。
欲望が満たされないときに、落胆して神を責めるのは、真の帰依者の特質ではありません。
神の恩寵を得る方法を見つけて、神に到達する努力をするのが、帰依者の義務です。
神のやり方を理解することは、誰にもできません。
神の計画を理解したり説明したりできる人はどこにもいません。
神の計画を知って、それを明らかにできるのは神のみです。
神がいつ特定の個人に恩寵を注ぐかは、誰にも予測できません。
「誰が」、「いつ」、「どこで」、「何のために」、「どのように」といった疑問に対する答えを知っているのは、神のみです。
神を忘れて、エゴや自分がしているという意識を持てば、その人の努力は成功しません。
どんなことであれ、祈りによって達成することができます。
祈りよりも偉大なものはありません。
ですから、誰もが神に祈りを捧げなければなりません。
しかし、世俗的な利益を求めて祈るべきではありません。
「おお、神様!私はあなたの愛だけが欲しいのです。そのほかのものは何もいりません」
あなたは絶えずこのように祈り続けるべきです。
いったん神の愛を受けるようになりさえすれば、あなたは全世界を征服することができます。
あなたは、どんな仕事に携わってもかまいませんが、その仕事の達成を神に祈ってはなりません。
その代わり、すべてを神の意思に委ねなさい。
神は、あなたにとってよいことをしてくれるのだと、完全に信じていなさい。
「神様、人生の一瞬一瞬において、私たちの必要を満たしてください」と神に祈りなさい。
あなたがすべてを神の意思に委ねて自分の義務を果 たすとき、間違いなく仕事は成功するでしょう。
