うちの娘は、離れたところで暮らしている。
元嫁さんにうちの娘。それから新しい旦那さん(今のお父さん)、新しく生まれた弟君(S君)だ。
海が見える公園の近くに、新しい家族4人で暮らしている。
ところが、この新しいパパ(M-papa) と 僕(S=saipapa) は、現在は仲良しである。
僕が娘と面会するときは、この4人家族+僕で食事をしたり、遊園地に行ったり、買い物したり、旅行までしちゃうのだ。
(今までのお泊り旅行は、沖縄と伊豆)
へ?
びっくりした人もいますよね。
僕から直接聞いた人は、「へぇ~。そんなのもあるんだ。」という感じだと思います。
そうなんです。
うちの旧家族・新家族の係わり合い方がちょっと普通とは違うかも。
僕がこの新しいM-papa と気持ちを解け合わせて、仲良くという表現になれたのも理由がある。
こんな風になれたのも奇跡に近いのだけれど、もともとは、やっぱり僕も人の子で、自分の可愛い娘をかっさらっていったった憎い奴だった。
来る日も来る日も、憎くて腹が立って懲らしめてやりたくて仕方がなかった。
同時にどうしてそんな風に思っていたかというと、元嫁の両親が、娘と僕との面会を徹底的に反対して、実力行使をしていたからだ。
(自分達の娘=元嫁を不幸にするような奴には、孫なんぞ引き合わさない!ということだったと思う)
全く娘と面会できない月日が流れ、2年間に2回。
そのうち1回は、お母親(おばあちゃん)が同席し、僕と娘の会話をさえぎる始末。
面会という名の下に僕と娘とであっているはずなのに、受刑者がガラス越しに話をするのとほとんど変わらない。
約束の1時間など、瞬きをする速さで過ぎてゆき、お会計をする段になった。
当然僕は喫茶代を支払おうとして、伝票を取り会計レジへ進む。
ところがお母様は、僕の手にあった伝票を、字のごとく剥ぎ取り、お会計をしようとする。ここで争ってはといけない思って、僕は一歩引き、娘と手をつないだ。
すると。
やめてください。とばかりに、僕と娘とがつないでいる手を振りほどいて引き離すのだ。
そしてお母様自身が、娘と手を握っている。
僕の方をくるっと回れ右して、お会計の場所から出口へ向かおうとしている。。
この光景。
レジの店員、僕らの席担当の店員、お店の客、出入り口から入ってきていたお客、全てが見ていた。
誰の目からも、娘を奪い合っているようにしか見えなかったはずだ。
そして、どんな事情でこうなっていて、敗者が誰なのかも。
一目瞭然だったと思う。
そうしたら娘が。
お母様の手を、いやだと振りはらい、僕の手をそっと握ってくれた。
今これを書いているだけでも泣きそうだ。
一緒にいる間だけでも、涙は見せまいとして、がんばった。
駅の長い長い階段を、お母様と二人で上っていき、遠く離れていった。
途中、何回も何回も、振り返って僕を見てくれていた。バイバイをして。
心がつぶれ、精神が崩壊して、帰りは国道沿いを数時間、顔にタオルを当てながら、嗚咽して帰った。
電車になど乗れなかった。
こんな経験があって、娘に会うことすら絶望的になっていた。
どんどん月日は流れて行き、3歳半だった娘も5歳になった。
実はそんな状況を、覆してくれたのは、M-papaだった。
M-papaは両親のところに行き、次のように言ってくれたのだそうだ。
「今ハルナの親は私です。私の教育方針で、私の責任で、saipapaに会わせようと思っています。お父さんお母さんのお気持ちもわかりますが、ハルナのためでもあります。」
この発言をM-papaがしてくれたということは、面会が再スタートしてからちょっと経ってから聞いた。
あまりに感動してしまったのを覚えています。
本当に本当に感謝しても感謝したりないくらいの恩人だったのです。
もともとは、憎っくき相手だったはずなのに。。
なのでとっても感謝してます。
なのでとっても仲良しです。
なので奥さんの愚痴も聞きます。(聞いてあげますかな?)
知り合いにこの話をしたら、「偽善だ。本当の心じゃない。」といわれた。
その彼はまだわかっていない。
絶望の淵にいた、自分に一筋の光を与えて、生きる力をよみがえらせてくれたのは、間違いなくM-papaだったのに。
そんな紆余曲折があって、今のような拡大家族のような付き合いになっています。
そんな娘も、ちょっと前までは、クラスメイトに、
「ほら。うちって、出戻りって感じだし。お父さん代わってるし。」
とか言ってたんだとか。(おいおいほんとかよ)
僕らが思っているよりも、娘の成長は早かったようです。
なので、最近は、良くM-papaと電話で話しをするんですよ。
(パート2に続きます)