仏教を馬鹿にしてた | カルトから逃げてきた男

カルトから逃げてきた男

家族で一人、統一教会を離教。家族体制をどうやって維持していくか試行錯誤の毎日

最近、NHKの"こころの時代"という番組を見ることがあります。

先日は比叡山延暦寺の宮本祖豊さんのお話でした。

十二年籠山行 という修行を、12年間という長い年月をかけてやり遂げた人。

自分自身を見つめて純粋に自分を高めていこうとする姿勢は尊敬します。

12年間という時間を失ったと思えるようで、しかしそこに意味や価値を見出し自分の貴重な時間をそこに使おうとする。

私はそのようなことは出来ないししたくないですが、生きることの意味を改めて考えさせられます。

私は昔、統一教会の教義を聞いていく中で、仏教などの苦行は無意味だと思いました。

親族の法事でお経や説法を聞いても統一原理や真の父母様のみ言葉よりも劣っていると低く評価していました。

しかし長年、統一教会に身を置いて振り返って自分や教会を見ると目指したものの実りはありませんでした。

実りの無さを苦しい言い訳をするしかないという状況。

自分に内容も無いのに、ただメシアを知っている、最高の原理を知っていると人を見下した自分を思い出したく無い気持ちになります。

私は仏教を信仰しようとは思いませんが、宮本祖豊さんのような純粋に信仰される姿は尊敬します。

人生の意味や価値を自分で作っていけたら良いと思います。