第三話『化け術と、不穏な影』
【解説】
妖怪たちの逆襲が始まった。
明滅する明かり、震える家具、壁に浮かぶ手形──
だが、調子に乗った一匹の狸が呼び出した「伝説の恐怖」の前に、思わぬ本物が立ちはだかる。
勝利の予感の裏で、隻眼の青年だけが、別のものを見ていた。

「アイツら、こういうのを極度に怖がるんじゃ!」
決起した妖怪たちは、立ちあがった熊たちに化け術の手ほどきをし、夜の人里へと雪崩れ込んだ。
第一目標となったのは、スマートヒルズの新築住宅街。
深夜、突如として家々の明かりが明滅し、家具がガタガタと激しく震え出す。壁からは冷たい手の手形が浮きでて、テレビには不気味な映像が勝手に映し出された。
現代のホラー映画さながらのポルターガイスト現象に、これまでゲーム感覚で熊を脅かしていた住民たちは恐怖に怯え、悲鳴を上げて逃げ惑う。
「よし! 最初は我らの勝ちじゃ!」
大手柄に勢いづいた化け狸の一匹は、さらなる恐怖を叩き込んでやろうと意気込んだ。
向かった先は、山裾に新設されたハンターの駐屯所。
鼻息荒く忍び寄った狸の前に、静かに歩み出てきた影があった。
体に美しい虎模様を持つ、本物の熊撃ちに鍛え上げられた虎毛の猟犬である。
「……何のつもりじゃ、お前」
狸は毛を逆立て、低く唸った。
「熊があんな酷い目に遭わされとるいうに、なして人間の側に立っておるんじゃ! お前も同じ獣じゃろうが!」
猟犬は表情ひとつ変えず、静かに答えた。
「犬には犬の、仁義というものがあるのさ」
その一言に、狸の怒りが沸点を超えた。
「ならば、力ずくで思い知らせてくれるわ!」
狸は胸を張り、全身の妖力を込めて術を練り上げた。

モコモコと黒い煙が巻き起こり、そこに現れたのは──かつて昭和の時代、奥羽の山々を震撼させたと語り継がれる伝説の巨獣……「紅角(こうかく)」と呼ばれる、異形の巨大熊の姿であった!
「ふははは! 恐れおののくが良い、人間の飼い犬めが!」
地響きのような声を上げ、威圧感たっぷりに立ちはだかった紅角(狸)。
だが猟犬は、後ずさるどころか、微動だにしなかった。
その双眸(そうぼう)が、ふと鋭く光る。遠い記憶の奥底に眠っていた、ある一頭の面影と、目の前の巨躯が重なったかのように。幾度となく死線を潜り抜け、命のやり取りを重ねてきた「本物の狩人」の眼光が、静かに、しかし凄まじい圧をもって狸へと向けられた。
ズッ——……。
空気が凍りつく。
「……あ、え?」
紅角(狸)は、その圧倒的な眼光に気圧(けお)され、全身の毛穴が収縮するような恐怖に襲われた。
静まり返る緊張感。冷や汗が一滴、タラリと滴り落ちる。
ポワ〜ン……。
「ひぃっ!?」
凄まじい威圧感に耐えきれず、せっかくの化け術が一瞬で霧散。煙が晴れたあとには、素の姿に戻ったちんまりとした化け狸が、震えながら取り残されていた。
虎毛の猟犬は、鋭い眼光のまま無言で狸を見下ろしている。
「や、やーい! おととい来やがれ、お尻ぺーんぺんっ!!」
狸は慌てて化け皮をはためかせ、半泣きで化かして脱兎のごとく逃げ出した。
あとに残された虎毛の猟犬は、今しがたの怪異(?)のあっけない去り際に、耳をパタリと寝かせ、ふっと肩の力を抜いた。それから、誰にともなく、小さく呟いた。
「……お前じゃ、なかったな」
その声は、今しがたの威圧が嘘のように穏やかで、どこか寂しげでもあった。
◇
「……やりすぎを制するつもりでしたが、案外、手痛いしっぺ返しを食らいましたね」
暗がりから一部始終を見守っていた隻眼の青年は、苦笑いを浮かべながらそっと溜息をついた。
だが、その瞳の奥には深い懸念が宿っていた。
本物の狩人と猟犬の登場。そして、この怪異騒ぎを単なる「バズるコンテンツ」として捉え始めた現代人の影。
妖怪たちの快進撃に、静かに不穏な暗雲が垂れ込め始めていた。
【解説】
妖怪たちの逆襲が始まった。
明滅する明かり、震える家具、壁に浮かぶ手形──
だが、調子に乗った一匹の狸が呼び出した「伝説の恐怖」の前に、思わぬ本物が立ちはだかる。
勝利の予感の裏で、隻眼の青年だけが、別のものを見ていた。
◇

決起した妖怪たちは、立ちあがった熊たちに化け術の手ほどきをし、夜の人里へと雪崩れ込んだ。
第一目標となったのは、スマートヒルズの新築住宅街。
深夜、突如として家々の明かりが明滅し、家具がガタガタと激しく震え出す。壁からは冷たい手の手形が浮きでて、テレビには不気味な映像が勝手に映し出された。
現代のホラー映画さながらのポルターガイスト現象に、これまでゲーム感覚で熊を脅かしていた住民たちは恐怖に怯え、悲鳴を上げて逃げ惑う。
「よし! 最初は我らの勝ちじゃ!」
大手柄に勢いづいた化け狸の一匹は、さらなる恐怖を叩き込んでやろうと意気込んだ。
向かった先は、山裾に新設されたハンターの駐屯所。
鼻息荒く忍び寄った狸の前に、静かに歩み出てきた影があった。
体に美しい虎模様を持つ、本物の熊撃ちに鍛え上げられた虎毛の猟犬である。
「……何のつもりじゃ、お前」
狸は毛を逆立て、低く唸った。
「熊があんな酷い目に遭わされとるいうに、なして人間の側に立っておるんじゃ! お前も同じ獣じゃろうが!」
猟犬は表情ひとつ変えず、静かに答えた。
「犬には犬の、仁義というものがあるのさ」
その一言に、狸の怒りが沸点を超えた。
「ならば、力ずくで思い知らせてくれるわ!」
狸は胸を張り、全身の妖力を込めて術を練り上げた。

「ふははは! 恐れおののくが良い、人間の飼い犬めが!」
地響きのような声を上げ、威圧感たっぷりに立ちはだかった紅角(狸)。
だが猟犬は、後ずさるどころか、微動だにしなかった。
その双眸(そうぼう)が、ふと鋭く光る。遠い記憶の奥底に眠っていた、ある一頭の面影と、目の前の巨躯が重なったかのように。幾度となく死線を潜り抜け、命のやり取りを重ねてきた「本物の狩人」の眼光が、静かに、しかし凄まじい圧をもって狸へと向けられた。
ズッ——……。
空気が凍りつく。
「……あ、え?」
紅角(狸)は、その圧倒的な眼光に気圧(けお)され、全身の毛穴が収縮するような恐怖に襲われた。
静まり返る緊張感。冷や汗が一滴、タラリと滴り落ちる。
ポワ〜ン……。
「ひぃっ!?」
凄まじい威圧感に耐えきれず、せっかくの化け術が一瞬で霧散。煙が晴れたあとには、素の姿に戻ったちんまりとした化け狸が、震えながら取り残されていた。
虎毛の猟犬は、鋭い眼光のまま無言で狸を見下ろしている。
「や、やーい! おととい来やがれ、お尻ぺーんぺんっ!!」
狸は慌てて化け皮をはためかせ、半泣きで化かして脱兎のごとく逃げ出した。
あとに残された虎毛の猟犬は、今しがたの怪異(?)のあっけない去り際に、耳をパタリと寝かせ、ふっと肩の力を抜いた。それから、誰にともなく、小さく呟いた。
「……お前じゃ、なかったな」
その声は、今しがたの威圧が嘘のように穏やかで、どこか寂しげでもあった。
◇
「……やりすぎを制するつもりでしたが、案外、手痛いしっぺ返しを食らいましたね」
暗がりから一部始終を見守っていた隻眼の青年は、苦笑いを浮かべながらそっと溜息をついた。
だが、その瞳の奥には深い懸念が宿っていた。
本物の狩人と猟犬の登場。そして、この怪異騒ぎを単なる「バズるコンテンツ」として捉え始めた現代人の影。
妖怪たちの快進撃に、静かに不穏な暗雲が垂れ込め始めていた。
