さとちゃんが中三、高校入試の時、この前も幼稚園に行けなかったと書いたように、さとちゃんの年代はとにかく人数が多い!!と言うのも、一つ上が丙午の歳なので、子作り(笑)を避けた人が多くその分しわよせがきたわけです、中学は11組までありました(笑)当時、京都の公立は少し変わった受験でみんな同じテストで合格すれば住んでいる小学校区によって行く高校が決まるという方式でした、なのでレベルは何処も同じで、だいたいクラスの真ん中くらいなら行けるって感じやったんですが、さとちゃんはそのちょうど真ん中くらいでした、いよいよ最終的に志望校を決める三者面談、まあ流されやすい日本人気質とでもいいましょうか、とにかく受験生の絶対数が多いとびびったおそらく京都府中の中三を受け持つ先生がボ-ダ-ラインくらいの生徒には私立専願をすすめていたらしいんですが、さとちゃんこの面談の少し前に全国模試なるものを二回ほど受けておりましたが、なぜか二回ともクラスメイトの秀才君が隣の席でした、そしてこの秀才君、頭はめちゃいいんですが黙読が出来ない(笑)小声で問題から答えまですべてしゃべってくれたおかげで、全国でも百位くらいの成績でした、それを見た担任の先生、最近すごく頑張ってるね~、と本来ギリの成績だったんですが、これなら公立も大丈夫とすんなり志望校決定(笑)そんでもって願書締め切り日の翌日の地元新聞に「京都府公立高校定員割れ!!」(笑)そうです、あまりにもびびって私立専願にした人が多く、ふたを開けてみると公立は足切り点さえクリアーすれば全員合格!!というオチでした。あの面談がタ~ニングポイントだったぜ!!秀才君ナイスアシストありまとぅ(笑)
さとちゃんは、幼稚園年少組の終わりごろ、今住んでる所に引越してきたんですが、こっちの幼稚園は、どこもいっぱいで途中からは入れてもらえませんでした、というわけで起きたい時に起き、食べたい時に食べ、遊びたいだけ遊ぶ、、今思えば夢の様なニ~ト生活を約一年してました、しかも以前住んでた所は両隣に一つ上と二つ上の子供がいて、遊んではくれるんですが、なんとかごっこをしても、悪者かモッサイ役ぱかり、いじめじゃないけど、しいたげられてました、が、こっちに来てみると、隣と向かいに小学校高学年のお兄ちゃんとお姉ちゃん、上は上でもこんだけ歳が離れてると、可愛がってくれました、遊びも、ごっこ、から一変、人生ゲ~ムや野球盤、トランプ遊びなど、園児にしては高度な遊びを教えてもらってしてました、夢の様な時間(笑)はあっという間に過ぎ去り、いきなり小学校、まぁ、けっこう楽しみにしてたんですが、高度な遊びを覚えてしまい、それ以外も、じいちゃんばあちゃん、おじさんとか大人ばかりに遊んでもらってたさとちゃんは、周りの同級生が幼稚に見えてしかたがなく、、いまさら、ごっこには戻れないぜ!!って感じでした、二年生くらいまでは、できる子だったので学級委員とかもしてましたが、高学年になったころには、すっかり落ちこぼれになってましたけどね、、体育と図工と理科だけ得意ぃ~みたいな(笑)
さとちゃんが、小学生の時、通学路に、真っ白のんと真っ黒の二頭の大型犬を飼ってる家があり、前を通りかかると、突然、顔とまえあしを塀から乗り出して吠えてくるので、みんなビビってまわり道をする子もいるくらいでした、そして、誰が言いだしたのか、白いほうが、くろ、で黒いほうが、しろって名前やなどという、うわさもありました。さとちゃんは前にも書きましたが、すごく食べ物の好き嫌いが激しい子だったので、よく給食を残しそれをランドセルにツッコんでました、、、そして残したパンを塀の向こうに投げこんでました、そのうち吠えなくなり、直接食べさせれる様になりました、そうです、あのみんなが恐れる猛獣二頭を手なずけたのでした(笑)そして年に何回かある集団下校の時、すっかりなついた二頭をなでなでするさとちゃんは、ヒ~ロ~でした(笑)後に飼い主のおばちゃんとも仲良くなり、勝手に餌をあげないようにとやんわり、おこられましたが、その時に、「白いのがくろで、黒いのがしろなん?」と名前を聞いてみると、おばちゃんは「よく知ってるね~。」と、あのウワサは真実ですた。(笑)