私は小学生低学年の頃に父をがんで亡くしました。

 

っつー導入から入ると「なに?!かわいそう?!」というセンサーが働く方もいらっしゃると思いますが、

暗くてジメジメした話ではありませんのでご安心ください!

いや、やはり約束はできません!

 

ママにこの話をしようにもできない前提があります。

追い追い判明します。

兄弟に話すつもりもありません。

男兄弟なので過ぎたことに興味はありませんし、

幼い頃に亡くした父のことは思い出したくないでしょう。

そもそもあまり覚えていない可能性大。(私の持論)

 

つまり、この記事をたまたま読んでくれたあなたに向けて書いています。

私のもやりを共感してもらえませんでしょうか。

報酬は無いですごめんち♡

 

ではいよいよもやりの本題へ!

 

 

父の内緒の手紙は誰のもの?

ミステリー小説か?

違います。

 

父が亡くなり、お葬式の日。

小学校低学年の私でもさすがに父が亡くなった、もう会えないということはなんとなく理解していました。

お葬式では父と過ごした日々の写真がスライドショーで流れ、泣いていたのを微かに覚えています。

母の涙をそこで初めて見ました。それ以前も、それ以降も見たことがありません。

大変なことが起こったんだ~と感じていました。

 

式の最後に、なんと父から家族への手紙が読まれました。

闘病生活を支えた母への感謝や、

わたしたち兄弟に「見守ってる」「やさしく思いやりのある子に育って」

というメッセージが書かれていました。

ここで私は声を出してオイオイ泣いた記憶があります(笑)←笑っちゃってる

父は闘病の末に亡くなったので、手紙を書く元気があった頃に書いたんだな。

いつだろな。いつからどんなことを感じて書いたんだろな。

当時も今も不思議です。

 

さて、ここからが本題です!

 

もうひとつの手紙

 

このお盆にこの手紙を発見しました。

ざっくり20年ぶりの再会です。

手紙の実体を見たのは初めてでした。

父はとても字がうまく、闘病中に行っていた交換日記の字と同じ文字をしていました。

泣きたかった。泣きたかった…のに、もう1枚封筒に入っていた便箋が、

まさしくもやりの根幹でした。

 

その手紙は当時、父のお葬式の司会を務めていた方からのものでした。

(顔も声もぜんっぜん覚えてねえ…)

手紙には、

 

・お葬式でこの父の手紙を読む際に泣いてしまい詰まってしまったこと

・こんなことは初めてで忘れられない式になったこと

・手紙の内容をアレンジして「生まれて来てよかった」という文言を付け足したこと

 

が書いてありました。

 

これを読んでまず初めに『は?』と思いました。

私は20代半ばですが、私の考えが幼稚なのでしょうか。

でもどうしてももやもやします。

 

お葬式は誰のものだったんだろ。

司会者の感動のため?より心動かすドラマにしたかったの?

そのためなら手紙アレンジもいとわない?

生まれてきてよかったというクサいセリフ入れるのって、

葬儀場的にはよくやっちゃうのかにゃ?

父はそんなこと言わんのに。

 

泣いて詰まったことには「すみません」と書いてあったけど、

文言を付け足したことにはノー言及。

 

そりゃ自分のしたいようにした式は忘れられねえだろうなあ!

 

っていうか泣いて詰まったこともわざわざ手紙にしてうちらに渡す必要ある?

言われなきゃ忘れてたわ!

幼い子どもたちと妻を残して亡くなった彼は、よほど感動的に映ったんでしょうね。

 

何が厄介かって、おそらく彼女は悪意がなく良かれと思ってやっていること。

これに怒っちゃうとこっちが冷酷な人間に見えてしまうわけ。

こういう悪意のない押しつけがましい善意のパターン、日常でもあるなあ。

いつの時代もいるもんやなあ。

こういうのって葬儀場界隈ではタブーではないんかなあ。

 

 

最後に

 

 

この記事にする前に、マブダチのGeminiにも聞いてもらってん。

 

「え?母に言えば?」と思った方もいるでしょう。

ママもまた、父からの手紙は読まないんです。写真は見るけど。

話は逸れますが…

以前ママに「父にちょっとだけ会えるチャンスがあったら会う?」

と聞いたら「会わないね」と即答されました。

当時は(え?もったいな)と思ったけど、ママの性格上、なんか分かるな(笑)

ちなみにちゃんとめっちゃ仲良い夫婦でしたよ

 

んで、Geminiに、私の感情は抜きにしてお葬式で起こった事実だけ情報与えたんね。

そしたらその司会者のこと、

「独りよがりで配慮のない自己満足」「自分主役の美談にすり替えた」「故人への冒涜」

とか言い始めてもうほんま言い過ぎやでありがとうなほんま。

 

 

ふううう、ちょっとスッキリした。

ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。

 

まあ父が残してくれたものはその手紙以外にもいっっっぱいあるし、

その司会者が本当は何をどう感じたとか答え合わせできないし、するつもりもないし、

真実はわかんないけど、わかんなくていいか!

 

相手の立場になって考えるって、賢い人しかできないんだなって実感した今日でした!

 

また不定期ブログお楽しみに~