「そのうち桜が咲き出します」「世間が陽気になりますて」――「そこで泥棒と火事が流行る」
「その泥棒で思い出した。噂に高い鼠小僧、つかまりそうもありませんかな?」ふと主人はこんな事をいった。
「つかまりそうもありませんな」
「彼は一個の義賊というので、お上の方でもお目零しをなされ、つかまえないのではありますまいかな?」
「さようなことはありますまい」客の声には自信があった。「とらえられぬは素
早いからでござるよ」
「ははあさようでございますかな。いやほかならぬあなたのお言葉だ。それに違いはございますまい」
「わしはな」と客は物うそうに、「五年以前あの賊のために、ひどく煮え湯を呑ませられましてな。……いまだに怨みは忘れられませんて」
「おやおやそんな事がございましたかな。五年前の郡上様といえば、名与力として謳われたものだ。その貴郎の手に余ったといえば、いよいよもって偉い奴でござるな。……おや、堤を駕籠が行くそうな。提灯の火が飛んで行く」
