SNS最盛期の時代に何を思ってか、今更ながらブログを始めてみた。

多分、自分用のメモ書き程度になると思う。

 

最初に書いておくと、筆者は30代後半の独身男性です。

これから結婚をする予定もなければ、そもそも係累を増やすつもりが全く無いことからも、社会的には生産性に乏しい部類の人間かもしれません。

 

このブログを通じて、自分の思考を整理するとともに、世間的には変わり者と思われる様な道を歩もうとする人間が一体何を考えているのかと、少しだけでも知ってもらえたら嬉しい限り。

 

そんな訳で唐突ですが、本題に入ります。

方向性は主に2つ。

 

1つ目は、再受験、とりわけ医学部を受験したいと思うことが度々出てきた。

2つ目は、再受験に加えて、専門分野の資格等も最後まで取りたい(勉強だけは1年位は掛かりそう)

 

大まか流れとしては、会社が潰れないうちは2つ目を基軸としつつ、

1つ目の再受験の方は、一日1時間程度を基調として進めていきたい。

 

 

勉強面では、受験からは大分遠ざかっていたが、

仕事の資格等は今でも取り続けていることから(まだ欲しいのが2つ程ある)、

学生時代と基本的にはあまり変わっていない様に思われる。

相違点としては、麻雀やゲームや水泳を嗜むこともなくなり、

酒もプライベートではほぼ一滴も呑まず、

異性との交友が乏しくなった位だろう。

お腹が出たのもそうだ。

 

我ながら学生時代の生活とは180度違うように思われる。

大人になって真っ先に感じたのは、両親への感謝だろう。

早い段階で、人生の娯楽を経験させてくれた我が両親には感謝すると共に、

放蕩息子を社会人になっても続けさせてくれたことに深い感謝の念が絶えない。

ありがとう、全てにありがとう。これからも長生きをしてほしいと思っている。

 

話が脱線したが、実のところ、数年前からスタディサプリや各大学の過去問とかを当たってみて、懐かしさや勉強の楽しさに改めて感動したことも再受験を考えた理由の一つではあった。現役生の頃、四苦八苦していた設問が可愛く思えるようになったのも年を経たおかげだろう。加えて、解けないことにイライラを募らせていた当時に比して、今の自分は解が出るように設問を作って下さった教授陣に対して頭が下がる気持ちすらある程だ。

 

自分は恥ずかしいことに、大学院をドロップアウトした口であるので、研究者・教育者の何たるかを語ることなんて出来る立場にはないが、成果物と人格は必ずしも合致しない点も素晴らしいと思えるようになった。こういう細かい点も気にしなくて良いのは年を取ったおかげだろう。

 

最も医学に惹かれた理由は、生命の尊さには何事も及ばないと改めて思い知らされたからだ。親の体調が悪くなったことで、メルクマニュアルや臨床等のペーパーを読み連ねて、考えられる限り、最も可能性として高い症例や薬理等の機序を自分なりに勉強をしたが、こちらの下手くそな的を射ていない質問に対しても、医師達は真摯に回答をしてくれたことに頭が下がった。

 

現在、建築に従事している自分にも同様の事が出来ているだろうか?

胸に手を当てて考えてみる良い機会でもあった。

 

 

ただ、家族の病気に関しては、精神的に最も辛かった。

今まで煮え湯を飲まされるような経験は度々味わったと考えていたが、

それよりも遥かに体中に電撃が走ったかのような衝撃を受けたのも事実だ。

 

また、自分が勤めている小さい会社は倒産することも有りうるので(所謂、債務超過の状態だと偉い人から聞きましたが)、業績悪化に伴う減給を頂いたことよりも、家族が体調悪い方が遥かに辛いことも理解している。

 

そんな訳で、自分のペースで牛歩ながら、少しずつ勉強をしていく。

散歩やランニングも適宜行うが、コロナウイルスの影響も有り、以前ほど活発に運動をしていない。頭のリフレッシュには運動が良いので、適宜運動も取り入れていきたい。

 

ベストな方向性としては、仕事も勉強も頑張りつつ、会社の状態まで立て直して上司に感謝して貰う形で去っていくなり、留まること。自分自身の気持ちとしては、もう一回受験をやりたいという気持ちが年々大きくなっているので、そういう点からも、何処かのタイミングで改めて学生として医学を学べるように調整をする必要性が出てくると考えています。