2年前に初フルマラソンを完走してから、次のチャレンジはどうしよう?と思っていたところ、マラソン4時間切りも考えたのですが、あまり意欲が湧いてこなくて、24時間以内に「100キロ歩く」というテーマが湧いてきて、こちらを目指すことになりました。

実はコレ、昨年の目標だったのですが、未達のまま年を越え、今年も残り少なくなり最後の最後でチャレンジをし、何とか達成する事が出来ました。

当初は、歩くだけなら多少足が痛くても何とかなるし、一回でいける…フルマラソンもいけたし。と、かなり高をくくっていました。

ところが、昨年の11月に1度チャレンジをしたのですが、70キロ地点でアウト。かなりショックでした。足の裏が尋常じゃなく、午前0時出発の為、睡魔が半端無い。時間も予想以上にかかってしまいました。

この100キロウォークは

・24時間以内に完歩
・ゴールは伊勢神宮
・一人で歩く

二人以上で行うと、それぞれのペースがある為、あくまで一人で行います…というより、誰もついてきません。笑


前回は余りに早く歩き過ぎた事もあり、疲労の溜まり具合が早かった為、とにかくスローペスでこまめに休憩を取りました。

本音を言うと、20時間切りをしたかったのですが、24時間かかっても、完歩を最優先としました。そのお陰で65キロ地点までは殆ど足の痛みもなく、その時完歩を確信しました。

午前0時前に愛知県某所を出発し、こまめに休憩を入れながら30キロ地点でマックで朝食。その時は余りの眠さに40分くらい寝てしまいました。笑
その分眠気もスッキリし絶好調。いつものルートから少し変えて海岸沿いを歩いたりして、猫と戯れながら着実に距離を伸ばします。70キロ地点あたりから足の痛みが出始め、ここからが勝負で自分との闘い。

そう思い始めた矢先、到着地点の駅の時刻表を確認したところ…「ヤバイ…このペースだと終電全然間に合わん」と言う事が判明。ガーン

ここから地獄が始まりました。
何と言ってもここからペースがどんどん落ちるのに、相当早いペースで歩かなければいけなくなり、気持ち的にも落ちかけました。でも、今回は絶対に絶対に達成すると、コミットメントしているので、気合いを入れ直し再スタート。

キロ9分で歩き、ところどころではガチで走りました。因みにウォーキングでキロ9分は結構早いです。マラソンランナーの制限時間ギリギリペースとほぼ同等。

足の痛みも加速度的に酷くなり、鬼の形相で歩きます。 すれ違う人々の視線を感じながら…笑
さらに最後10キロは地獄でした。足の裏がもうどうにもならないくらい痛くて、逆立ちして歩きたいくらい。時折靴を脱いで裸足で歩いたり、全力で走ったりと、もう支離滅裂です。

「裸足で鬼の形相で歩く」側から見ればただの変態です。

おまけに歩道が全くゼロの道が余りに多く襲ってきて、車とスレスレのところを歩いてました。
しかし、ドライバーさんでも色々いて、しっかりと避けて走ってくれる人と、わざとか!と思うほどスレスレを通り過ぎて行く人がいたりして、「このヤロー!」などと時折叫んでました。笑

まぁ、そもそもこんなとこ歩くなよって話ですけどねてへぺろ

そんなこんなで、無事に伊勢神宮到着し、電車も3本くらい残っていた為、余裕で帰路に着きました。

さて、来年は何をするかな?

 良く言えば達観し(自分自身を形容する言葉ではないが)、ある意味潔く⁉︎仕事をやり倒さない様になり、気が乗らないときはさっさと帰る事にしていたのだが、久し振りにやり倒してしまった。

商売屋で育ち、幼少から大学まで何不自由なく暮生きてきたプチお坊っちゃん。それでも大学在学中から少しずつザワザワと、いろいろなことが起き始め、歳を重ねる毎にそれは激しさを増し、良くも悪くも経験値は蓄積されて、多少の出来事ではあまり動じなくなった。それでも尚、想像を超える様な出来事は起こる。

一人残ったオフィスで業務完了まであと一息といったところで、前職の同僚からの電話。仕事に関わる用事ではあったが、話の最後に耳を疑う様な出来事を伝え聞く。

同じく同僚であった人が、亡くなったとの事。
しかも、職務中に殺害されてしまったと。

その人とは自分が職場を離れて以来会うこともなく、間接的に今どこで何をしている程度の情報を得るくらいだった。

歳も離れており、特別仲が良いということでもなかったが、話す機会があると楽しく会話をしていたのを記憶している。誰からも慕われ、絵に描いたような素晴らしい人間だった。ほんの少しでも触れ合った事がある人間なら、ほぼ全ての人が、その人に対し好意的な感情を抱くのはまず間違いない。

今まで幾度となく、自分にとって身近な、大切な人の死に遭遇し、その数だけ悲しみのどん底に突き落とされた。昨年の正月は医者にお願いをし、集中治療室で心肺停止となった父に心臓マッサージを施していた様が脳裏に浮かぶ。それまでにも本当に切ないお別れがたくさんあった。同じ年に妻の命が危ぶまれる出来事もあった。

もうこれ以上勘弁してくれと。
むしろ自分を身代わりにして欲しいと。

それでもここ一年は久し振りにそういった思いに苛まれる事から解放されていたのだが、また起きてしまった。

今回の知らせは今までの感覚とは全く違う様に感じる。悲しさというよりも、憎しみしか湧いてこない。不合理、理不尽、命の矛盾…

表現は稚拙だが、純粋に

「何なんだ?この世の中」
「何なんだ?人間の命って」
「何なんだ?人が人の命を奪うって」
「運不運?」
「生きることの意味?」
「命に感謝?生まれてきた事に感謝?」
「神?」
「神ってるなどと流行語にもなり、神の存在尊厳も「正に地に落ちた」ものだ」

などと、とめどなく湧き出てくる。

(因みに自分は、「神ってる」というフレーズに凄く違和感を覚える…)

歳を重ねれば重ねるほど、得られる「解」らしきもの…も増えるが、同時に「不可解」も堆積している様な気がしてならない。

これは自分が屈折してきているという事なのだろうか?自分が未熟なのだろうか?

本当に近しい人間では無いが、
少なからず一定期間、同じ場所で同じ時を共にした人間にそんな事が起きてしまった。

今までニュースで知る様な、自分にとってみれば、「悲しいけど遠い」出来事。そんな出来事が遠くない所で起きた。当然の事ながら、家族や親類、友人の方々の悲痛な思いは想像を絶するし、こんな事を自分が綴る事自体、おこがましいのかもしれない。


今自分にできる事は、極々たまにしか書かないブログに、その人の事を思い出しながら、こうして感じた事を記す事。改めて、命、人生と向き合い、自分らしく全力で生きて、家族に生き様を見せる事。命ある限り全うする事。


日々に流され生きてしまっている自分に、考える機会を与えてくれてありがとう。

短い時間だったけど、素敵な生き様を見せてくれてありがとう。


心よりご冥福をお祈りします。


ロシアで開催されているサッカーのワールドカップも、ベスト16が出揃いいよいよサドンデスマッチに突入します。

我が日本代表も、ベスト16に進出しました…

僕は、小学校から大学までサッカーをやっていた事もあり、サッカーを観るのが好きで、特にA代表の試合は必ずと言っていいほど観ます。

ワールドカップになれば、更に熱中してしまいます。

今大会で6回目の出場を果たし、今では当たり前の様になっていますが、僕がサッカーをやっていた頃は日本代表がワールドカップ本大会に出場するなんて夢のまた夢でした。

そう思えば今の日本代表は、世界の名だたる強豪とも試合ができる様になり、強豪国との対戦は楽しみで、勝てなくとも点を取ったり、良いゲームをするさまに、いつも感動をもらっています。

今大会も下馬評を覆し、1戦目2戦目と、本当に素晴らしい戦いぶりを見せてくれました。

が、リーグ最終戦のポーランド戦。負けているのにもかかわらず最後の10分もの間パス回しに終始し、世界最高峰の舞台で、後にも先にも史上最低な試合をしてくれました。

どんな理由にせよ、僕は全く受け入れる事が出来ないし、恥ずべき行為以外の何物でもないと感じます。戦術とか、戦略とか、勇気ある決断とか、それでもリスクを取ったとか、国内では擁護する意見や論調も見られますが、

僕には
「実力も無いのに上司に媚びて出世を目指すサラリーマン」

にしか映りません。

今まで、選手も血の滲むような努力を重ね最高のフィールドに立ち、世界の強豪国との試合を誇りを持って臨んでいたはずです。

それがあまりにも情けなく、無様な試合をするとは…

フェアプレー⁇

格闘技などでも、攻めようとしないプレイヤーには警告やマイナスポイントが下されます。

ポーランド戦の最後の10分は、選手監督全員にレッドカードを与えたいくらいです。

もし、僕がロシアまであのゲームを観戦しに行っていたらと思うとゾッとします。

金返せ!

というレベルです。

あんな戦い(いや、戦ってないか 笑)をして、決勝トーナメントに行く意味が全く理解できませんし、そこまでして決勝トーナメントに進む事に価値を感じません。

前に進むためには

などといったコメントがありましたが、

むしろ後退です。

ガッツリ最後まで戦い切って、敗退した方がよっぽど誇らしく、次の大会に繋がると思います。

この事がきっかけで、日本代表は長い低迷期を迎える様な気がしてなりません。今まで積み重ねたものを全て台無しにしたと感じます。

日本人でありながら、こんな発言はしたくありませんが、ベルギー戦ではボコボコにされて欲しいです。

何十年もの間観戦し、絶叫しながら応援してきた日本代表ですが、もう二度と観たくありません。

日本の文化、日本人のアイデンティティが失われた瞬間。

普段は韓国の事をあまり好意的に見る事ができないのですが、今回ばかりは韓国の雄姿に羨望の眼差しを注がずにはいられませんでした。

最後の最後で意地を見せた韓国と
最後の最後で貧相な欲しがりを見せた日本。

ただただ残念でなりません。