今日も京都は晴れ。
今日のお菓子は、京都・桂離宮畔「中村軒」さんの
「黒豆大福」です。
まず、昨日、柳桜園さんが届けてくださった「松の白」
を開封して、薄茶を点てます。
先日は、高名な「出町・ふたば」さんのものを
いただきましたが、どちらも、美味しいものです。
美味しくて三服いただきました。
私は、この「俊寛」(写)の楽茶碗を、大黒(写)
とともに、愛おしく感じています。
<本物を持つほど、金持ちではありませんから、
(写=コピー)で満足しています。>
それは、利休さんが「俊寛」という名をつけられ
た経緯によります。
▲「平家政権の転覆の謀議が露見し、当時、世の果
てと思われていた喜界ケ島に流刑にされたのは貴族
2人と俊寛僧都の3人。後に赦免された2人の貴族は
迎えの船の乗って帰国しますが、赦免されなかった
俊寛だけは取り残されてしまい、困窮と孤独のうちに
島で没します。」
▲「利休さんが、大名などのお弟子さん達の前に、
幾つかの茶碗を並べて、「好きな茶碗を持って帰って
良いよ」と言われた時のこと。
一つの茶碗だけが残されました。そこで、利休さんは、
その茶碗に、喜界が島に取り残されて、孤独のうちに
没した「俊寛」の名を付けられました。」
▲「同じように、取り残された赤楽茶碗に、風習として
柿の木に一個だけ残される「木守」の実に因んで、
利休さんが「木守」という名前をつけられたものも
あります。」
▲「検校」という名前の茶碗も、同様の経緯で「誰も
この茶碗の価値が分かってないなあ」と言われながら
名をつけられたそうです。
▲利休さんは、凡人には見いだせない真の価値を見抜く
能力を備えておられたのでしょう。
私には、自分の器量を弁えて、表舞台に立たずに黒子役
に徹し、誰からも認められること無く、孤軍奮闘した
自分の人生に、利休さんから認められ、慰めを与えて
いただいているように感じられるからなのでしょう。
(了)






