EDEN1(地球編)-2(異世界の扉)


【異世界の扉①】

「これは人類の危機である!」


西暦2038年10月

オーストラリアで発見された電気虫(エレクトリック・インセクター)を駆除する事に失敗したオーストラリアに対して、全世界が取った行動は、オーストラリアの完全なる孤立化政策であった。船舶の出港はおろか飛行機の離陸をも禁止した世界の国々に対してオーストラリア政府は反発し、多くの船を港から出港させた。


食料自給率の高いオーストラリアであっても、エネルギー資源や日常製品に至るまで、全ての輸入を止められては生活が出来ないからだ。


『オーストラリアから出港した船舶の数は73隻。東経130度より東は米軍が撃沈する。』


『南西方面の船舶13隻はイギリス海軍、北西の船舶20隻は海上自衛隊、北上する18隻は人民解放軍が仕留める。』


『電気虫が他の大陸に渡っては世界が滅びると思え!』


最初に電気虫が発見されてから、わずか4カ月でオーストラリアから電気が消滅した。電気虫が大量発生した後の建物は、溶解液により崩れ落ち、まるで戦争後の廃墟のようであった。


「一匹たりとも電気虫をオーストラリア大陸から出すな!これは絶対命令だ!」


「大統領!オーストラリアの都市に核ミサイルを撃ち込みましょう!電気虫を世か地球上から完全に消滅させなければ人類は滅びます!」


連日のようにオーストラリア関連のニュースが飛び込んで来る。


「オーストラリアが滅びるのも時間の問題だね。」


西尾先生は、神妙な面持ちでそう告げる。


「前に先生が話してた、異世界からの生物兵器というのが現実味を帯びて来ましたね。」


銀河 昴が語気を強めると、西尾先生はふぅとため息をついた。


「しかし、学会の人間は僕の話を信じようとしない。異世界と口にするだけで笑われるのが現実だよ。」


「そんな……。」


「かと言ってこれは人類の危機だからね。僕も引き下がる訳には行かない。異世界の研究は進んでいる。今日はその実験をしようと思っている。」


「実験ですか?」


「異世界への扉をこじ開ける。」


「!?」


西尾先生は、とんでもない事を言い出した。


「おおよその理論は8年も前にロバート・ギブソン教授が完成させているんだ。しかし、成功したのはギブソン教授の一度きりで他に成功例は無いんだけど、僕が2人目の成功例になる。」


「成功……出来るんですか?」


「さぁ、それは神のみぞ知るだ。」 


8年前にロバート教授が異世界の映像を公表してすぐに、その方法はインターネットで公開された。多くの科学者や大学教授、一般人までもが異世界を見ようと実験に取り組んだのだが、誰一人とて成功する事はなく、ついにはロバート教授の見せた異世界はフェイクだと結論付けられた。


「何か重要な条件が見落とされている。そして、その条件はロバート教授本人も気付いていない可能性がある。」


西尾先生は昴の顔を凝視した。


「こちらの世界から扉をこじ開けようとするだけではダメなんだよ。向こうの世界からの意志が重要だと思う。例えば君が聞いた声みたいなものさ。」


「声って、それは無いですよ。僕が声を聞いたのは映像が公表されて何ヶ月も後の話です。」


「声が聞こえなかっただけで、本当は最初から発せられていた可能性が高いと僕は考えている。」


「え?」


「心の準備が出来ていなかったのさ。いや、そんな声が聞こえるなんて思っている人間など1人もいない。君だけが声を聞いたのは、君が変人だからだ。」


「変人って、先生………。」 


「もしかしたら、君の存在が鍵になるかもしれない。君がいれば同じ実験でも成功する。そんな気がするんだ。」


「それって、失敗したら僕のせいって事では?」


全責任を押し付けられた気がする。


異世界への扉を開く装置は、既に完成されており、あとは微量の水素を吹き掛ける事により科学反応が起きて扉が開かれる。わずか数秒程度ではあるがギブソン教授の理論では成功するはずなのだ。


「昴くん。準備は良いかい?」


「何の準備をすれば良いんですか?」


「語りかけるんだよ。異世界の住人へ。」


学者とは思えない非科学的な事を西尾先生は言い放った。


「良し!行くぞ!」


ジュワ!


ぷしゅう!


水素を吹き掛けた機械の上部から煙が噴き出し、実験が成功した場合は、ここに映像が映し出される。


しゅう


「……………。」


「………………。」


「何も映りませんね?」


「…………。そう言えは、この後会議があったな。片付けは頼んだよ、昴くん。」


「えぇ!」


それだけ言い残し、西尾先生は研究室から出て言った。




【ピクシー・ステラ①】

(全く………、何をやっているのか。)


8年前にロバート教授が異世界の映像を公開してすぐに、教授は異世界の扉を開く理論を全世界に公開した。世界中の学者や一般人までもが、こぞって同じ実験をしただろう。しかし、その誰一人として実験に成功した者はいない。


(まぁ、少しは期待していたんだけど。)


そんな事を考えながら昴は実験室にある装置を片付けて、ついでに掃除を開始した。なんだかんだ言っても昴は西尾先生には感謝している。西尾先生と出会ってから異世界についての多くを学び、異世界が実在する事を確信した。


(なんだ?窓の上の方にクモの巣が張っている。何年掃除して無いんだよ。)


ボヤキながらも丁寧に掃除をする昴は、几帳面な性格でもある。


パタパタ


と昴がハタキを叩く音がする。


パタパタ


と羽を動かす音がする。


パタパタ


パタパタ


(?)


「……………。」


「……………?」


昴が振り向くと、そこには小さな羽の生えた人間が空に浮かんでいた。


「うわぁぁあぁぁ!!」


「きゃあぁぁ!」


「な!なんだお前は!」


「それはこっちのセリフよ!急に大声を出さないでよ!!」


いったい、何が起きているのか?まるでヨーロッパの御伽噺話(おとぎばなし)から出て来たような妖精が空を飛んでいる。


「ふぅ…………、はぁ……………。」


(落ち着け昴…………。)


昴は目の前の小さな人間をじっくり観察した。全長は10cm程度で、細身の身体は風が吹けば飛んで行きそうなくらい華奢に見える。サイズは小さいが姿形は人間のそれと同じで、緑色の長いロールヘアが特徴と言えば特徴だ。そして、何よりも羽が生えている。


「お前………何者だ?」


「失礼ね。先にアナタが名乗りなさいよ。」


「…………。俺の名は銀河 昴(ぎんが すばる)。」


「あら?銀河なんて素敵な名前ね。私の名前はピクシー・ステラ、よろしくね。」


「ピクシーって、やっぱり妖精なのか!?」


「妖精以外に何に見えるのよ?」


「いや…………、まぁ、確かに。」


ステラは可愛らしく微笑んで、それから研究室の内部を飛び回っている。全く信じられない光景だ。


「時にステラさん。アナタはどこから来たのでしょうか?」


「何を言ってるのよ。アナタが扉を開けたのでしょう?無許可で別世界の扉を開くのは違法です。」


「違法って………。」


いや、今はそこは重要ではない。


「まさか、異世界の扉が開いたのか!?」


「他にどうやって別世界から来るのよ?アナタって、おかしな事ばかり言うのね。」


「マジか…………。」


実験は成功していた。


銀河 昴は、ついに異世界の存在を証明し、それどころか異世界人を捕まえる事に成功した。


(捕まえる…………。)


「うぉりゃあ!」


「きゃあぁぁ!」


するり


昴が両腕で覆い被さるも、ステラは間一髪でするりと逃げのびた。


「いきなり、何をするのよ!」 


「逃げるなよ!今すぐ捕まえてやる。」


「捕まえる?」


ふふふとステラは可笑しそうに笑う。


「妖精族の飛行速度は、全パラレルワールドの中でもトップクラスよ。アナタには私を捕まえる事は出来ないわ。」


「そんなもの、やってみなければ分からないさ。お前に研究室のドアは開けられない。」


「ドア?」


ふふふとステラはもう一度笑う。


「まぁ、良いわ。捕まえられるなら捕まえてみなさい。」


「そうさせて貰おう!」


ぶん!


シュバッ!


「!?」


(消えた!?)


「ふふ、こっちよ。」


振り返ると、昴の数メートル後ろにステラは浮かんでいる。


(いつの間に………。)


じり………じり…………。


「とりゃぁぁぁ!!」


シュン!


(消えた!)


「ふふ。何度やっても同じこと。私の飛行スピードを目で追う事すらアナタには出来ない。」


信じられないスピードだ。全パラレルワールドトップクラスのスピードと言うのも嘘ではあるまい。


「ところでパラレルワールドっていくつあるんだ?」


「え?」


「知っているんだろ?それくらい教えろよ。」


「う〜ん。いくつと言われても、ほぼ無限に近いくらいあるから数えられないわね。」


「なんと?」


「でも知的生命体が住んでいるパラレルワールドはそんなに無いよ。私達が把握している数で言えば7つの世界かな。」


「7つ…………、そんなにあるのか。つまり俺達のような人間と同じ生命体が存在する世界って事だよな?」


「そうね。全てが同じとは限らないけれど、パラレルワールドと言うのは、基本的には似たような生命体が進化しているわね。不思議なことに。」


(やばい…………。)


わくわくが止まらない。

人類と似たような生命体が存在する世界が全部で7つもあるなんて嘘のようだ。


「俺を…………、俺も異世界に行けるのか?」


思わず口をついた言葉に、ステラは可笑しそうに笑う。


「私が探しているのは、誰よりも強い戦士よ。アナタが私を捕まえる事が出来たなら、考えてあげる。」


「言ったな。約束だぞ。」


残念ながら、この世界の住人ではステラを捕まえる事は出来ない。なぜなら、この世界の文明は機械文明に偏りすぎている。高度な技術で飛行機を作る事は出来ても自ら飛ぶ事は出来ない。猟銃で鳥を撃ち落とす事は出来ても魔法を使う事が出来ない。仮に7つの世界(セブンワールド)で戦争が起きれば、この世界は道具無しでは最弱だろう。


自然界に存在するエネルギーと一体化する妖精族の飛行スピードは、時速200kmを優に越える。そして、トップスピードに至るまでの速さはどんな生命体よりも速い。


「そりゃあぁぁぁ!」


「ふふ。何度やっても無駄…………。」


ガクン!


「!?」


(なに!?力が入らない!)


ババッ!


「捕まえたぞステラ。」


「ちょっと待って!」


何が起きたのかステラには分からない。トップスピードになる前に身体の力が抜けたような感覚がステラを襲った。


「アナタ……まさか魔法を使えるの?」


「魔法を使える?まさか。」


「それならなぜ………。」


「使えるんじゃない、使えないんだ。俺の前では全ての能力が無効化する。空を飛ぶ能力を封印したのさ。」


「封印?そんな、馬鹿なこと。」


「約束だ。異世界へ連れて行って貰うぜ。」


そう言って、今度は昴が微笑んだ。