EDEN1(地球編)-4(想いの強さ)


【想いの強さ①】

西暦2038年12月18日

神奈川県私立希望学園2年3組に在籍する1人の女生徒、神原 奈美子(かんばら なみこ)は、想いを寄せる生徒がいた。男子生徒の名前は野球部所属の2年1組、東條 豊(とうじょう ゆたか)と言う。


「東條!見たか昨日の試合!」


「当たり前だ!1年の星空 ひかり!凄かったな!それに可愛い!」


この日の希望学園では、1年から3年生に至るまで、学校中が星空 ひかりの話題で持ちきりだった。


(東條くん…………。)


告白するには、今はタイミングが悪い。放課後を待ってしたためた恋文を渡そうと決意する。

それにしても、と奈美子(なみこ)は思う。少し容姿が良いたけで男子生徒にチヤホヤされるなど世の中は本当に不公平である。


(星空 ひかり…………。あんな娘のどこが良いのかしら?)


希望学園は、西暦2030年に創られた新設校で、文武両道をうたい文句に全国から優秀な生徒を集めている。中でも女子バレー部と野球部には力を入れており、インターハイで全国優勝した女子バレー部に続き、野球部は秋の大会で地区優勝を果たした実績がある。それ以外にも体育会系の部活は新設校とは思えない成績を残しており、勉強の面では県内でも屈指の進学校へと上り詰めた。


「東條くん。」


「神原さん、どうしたの?」


「あの………これ。」


神原はそっとラブレターを渡す。古典的ではあるが、想いを伝えるにはやはり手書きの方が良い。


ドキドキ


胸の鼓動が高鳴るが、神原は勇気を振り絞って伝える。


「手紙………あとで読んで下さい。それでは!」


急いでその場を離れようとする神原に、東條が声を掛けた。


「神原さん!」


「!」


「なにこれ?ラブレター?悪いけど受け取れないよ。春の選抜が控えているのに恋愛などしている暇はない。本当にすまない。」


「…………迷惑かけてごめんなさい。それでは。」


ダッ!


その場から走り去るのは同じだが、予定とはかなり違う展開になった。自然と涙が溢れ落ちるが、東條の返答には神原を気遣う優しさが受け取れた。野球を理由に断られるなら諦めもつく。


カツン


カツン


カツン


神原が涙を堪えながら、歩いていると1人の女生徒が歩いて来るのが見えた。


(…………彼女は確か。)


アリス・クリオネ───


星空 ひかりが転校して来た後に、ヨーロッパから留学生として希望学園に通っている生徒。物静かな性格とお人形のような美しい出で立ちから一部の生徒から熱狂的な人気がある。


(はぁ……、顔が可愛いってお得よね。)


世の中は本当に不公平だと、神原 奈美子(かんばら なみこ)は思う。


カツン


カツン


じ───


目があった。


日本人離れした深紅の瞳が実に美しい、星空 ひかりとは違った美少女である。


カツン


ピタ


「悲しそう…………。」


「!」


神原は恥ずかしくて手で顔を覆った。泣いている顔を見られたからだ。


「放っておいて!」


思わず、叫ぶとアリスは大きな瞳を丸くする。


「ごめんなさい…………。」


これは失敗だったかもしれない。神原が振られたのはアリスとは関係の無い話であり、八つ当たりもよいところ。


「あ、いえ、私こそ…………。」


「私なら貴女の願いを叶えられるかもしれない。」


「え…………。」


最初はアリスが何を言っているのか理解できなかった。


「私には人の願いを叶える力がある。何があったのか、話してくださる?」




【想いの強さ②】

東京都

日本帝都大学にある研究室


銀河 昴(ぎんが すばる)は、今日も西尾先生の研究の手伝いをしていた。


「ところで昴くん。あの妖精………、名前は確か…………。」


「ステラですか?」


「そうそう。ステラさんだ。いつになったら僕達を異世界へ連れて行ってくれるんだい?」


ピクシー・ステラがこの世界に現れて2ヶ月が経過したが、ステラの事は西尾先生以外には話していない。妖精が存在する事を知られたら、日本中が……、いや世界中が大騒ぎになる。しかし西尾先生の反応は普通の人間とは違った。


『おぉ!これはまさしく妖精だ!異世界に妖精が住んでいるなんて興味深い!』


『先生は妖精の存在を信じるんですか!?』


『目の前に居るじゃないか。』


『……………。』


『ステラさん、好きな食べ物はなんだい?この世界の食事が口に合うかな?いやいや日本語は理解できるのか?いや、その前に異世界の話を聞かせてくれたまえ。』


と次々と質問攻めをするものだから、ステラは西尾先生が苦手となり、それから先生の前では姿を現さない。


「他の世界の人間を、別の世界に連れて行くのは非常に厳しい制限があって法律に触れるそうです。」


「法律?実に興味深い。つまりパラレルワールドの世界を統括する組織があり、法律が整備されていると考えられる。」


「詳しくは聞いてませんよ。それより、その動画は何ですか?」


先生が珍しくYouTubeの動画を熱心に眺めていたので、昴は気になっていた。何やらバレーボールの試合に見える。


「希望学園の星空 ひかりさんだよ。知らないのかい?世間はこの話題で持ちきりだ。」


美少女バレーボーラー現る。星空 ひかりは、スポーツ新聞の一面を飾るほど今や有名人であるのだが、西尾先生が興味を持つのは意外だった。


「それは知ってますが、先生もミーハーですね。」


「う〜ん。それは少し違うかな。」


「何が違うんですか。」


「僕が興味のあるのは希望学園の方だよ。」


「?」


「実はね、この1年間で希望学園の生徒5人が行方不明になっている。」


「5人…………ですか?」


それは驚くべき人数である。2人なら偶然が重なる事も有り得るが、5人となると話が変わって来る。


「一部のオカルトマニアの間では、希望学園は呪われていると騒がれているのさ。」


「呪い………ですか。」


「そして、もっと興味深い話もある。」


西尾先生の話では、1年前の西暦2037年、オースラリアのとある学校でも生徒の行方不明が相次ぐ事件が発生した。原因は不明であるが、行方不明になった生徒の人数は20人を越えて、地元では大騒ぎになったらしい。


そして、時は西暦2038年。

最初の電気虫が発見されたのは、その学校の周辺であった。地元の警察や消防士、軍隊までも動員して電気虫の駆除にあたっていた関係者は、その学校を訪れた時に愕然とする。


「学校がもぬけの殻となり、全ての生徒、先生に至るまで行方不明になっていたのだよ。」


「え?それって本当ですか?」


「そう言う噂がある。」


「………噂ですか。」


「今となっては、他国から遮断されたオースラリアの情報を得るのは難しい。電気も電波も通じないからね。」


しかしだ


仮にその話が本当であるなら、行方不明事件と電気虫には、なんらかの因果関係がある可能性がある。


「希望学園は、日本に電気虫を発生させる可能性があると私は踏んでいた。そこで現れたのが星空 ひかりさんだよ。怪しいと思わないかい?」


その日の夜

銀河 昴は自宅の自室で、希望学園の動画を眺めていた。


(星空 ひかりか…………。)


世間で騒がれるだけあって、運動神経は抜群であり、容姿も可憐で美しい美少女だ。人気が出るのも当然である。しかし、彼女と電気虫を結び付けるのは些か話が飛躍している。単なる偶然だろうと昴が動画を止めようとした時。


「昴、その人!」


部屋の中を飛んでいたステラが、いきなり声を発した。


「なんだよ、いきなり。」


「その人、いえ、そのお方を知っています!」


「なに?星空 ひかりのこと?」


「名前が違いますよ。そのお方は、セブンワールドの中でも、もっとも文明が発達した魔法国家の姫君、エレナ・エリュテイア様、つまり、オーロラ姫です!」


「オーロラ姫!?なに言ってんだお前?」




【想いの強さ③】

「神原さん、私はどんな願いも叶える事が出来ますわ。しかし、それは願いを欲している人の想いの強さによって、成功する事もありますし、失敗する事もあります。」


アリス・クリオネは、どこかの詐欺師のようなセリフを真顔で言い放った。


「想いの強さ…………。」


想いの強さなら、神原 奈美子(かんばら なみこ)は誰にも負けない。東條 豊(とうじょう ゆたか)に惚れたのは1年生の夏のことであり、それから1年以上も想い続けている。


「アリスさん。貴女の目的は何ですか?お金ですか?私……、お金なんて持っていないわ。」


そう答えると、アリスは悲しそうな顔をする。


「違いますよ。私は人を幸せにする力がある。天から与えられた【加護】の能力です。この力を持って産まれた以上は、私には人々を幸せにする義務があるのです。そう信じています。」


「加護?」


奈美子には、アリスが言わんとしている事が分からなかったが、アリスが本気で奈美子の事を心配している気持ちは伝わって来た。


「でも………、人の気持ちを変える事は出来ないわ。私は失恋したの。」


「失恋………そうでしたか。それはとても悲しい事ですわね。」


「ううん、でも、大丈夫。心配してくれてありがとう。」


そう言って立ち去ろうとした時、アリスは奈美子に言う。


「貴女の想いは伝わりました。名前を述べて下さい。」


「え?」


「想い人の名前ですわ。そうすれば貴女はきっと幸せになれる。」




その日の夜

野球の練習を終えた東條 豊(とうじょう ゆたか)が帰宅しようとすると、見慣れない風景が目の前に現れた。どこまでも続く道が、東條を手招きしているようだ。


(なんだ?道を間違えたか?)  


毎日の通学に使う道を間違えたとは思えないが、東條は来た道を戻る事にした。


カチコチ


カチコチ


(おかしい………。)


時間だけが過ぎて行くものの、見慣れた景色が一向に現れない。東條はスマホを手に取り家族への電話を試みるが。


(圏外?)


電話が繋がる様子は無い。


(ちょっと!どうなってやがる!)


どこまでも同じ景色が続いており、よく見ると人影も無い。まるで異世界へと迷い込んだような感覚が東條を襲う。


「はぁ、はぁ…………。」


何時間、歩き続けたのだろう?既に時間の感覚が無い。不思議と腹が減る様子は無いが、この世界から抜けられる気配は全く無い。


「いったい、何が起きているんだ!?」



翌日


カツン


カツン


カツン


希望学園の廊下で、星空 ひかりと、アリス・クリオネがすれ違う。


「おはようございます。ひかりさん。」


「え?うん。おはよう。」


カツン


カツン


(あれは確か…………。隣のクラスの留学生。面識は無かったはずだけど)


ガラガラ


「おはよう。」


ひかりがクラスに入ると、教室内がざわめいていた。


「ひかり!聞いた?野球部の東條さん。」


「東條さん?」


「昨晩から行方不明らしいのよ。」


「え!?」


6人目の行方不明者───


これは只事ではない。



ダンダン!


バタン!


「アリス!アリスはどこ!」


すると、隣の教室から怒鳴り声が聴こえて来た。生徒達が驚いて隣のクラスへと行くと、叫んでいるのは、2年生の神原 奈美子(かんばら なみこ)である。


「アリスさんなら、さっきすれ違ったわ。」


ひかりが答えると、奈美子はひかりの事をキッと睨みつけてから教室を出て行った。


東條 豊(とうじょう ゆたか)が行方不明になったのは、おそらくアリスの仕業だろうと、奈美子は直感する。


(何が幸せになれるよ!ふざけないで!)


得体の知れないアリスを信じて話した自分が馬鹿であったと後悔するが、今はアリスを探すのが先決である。


「アリス!」


「アリス!出て来なさい!」


カツン


カツン


まるで、お伽噺の世界から出て来たようなアリス・クリオネの風貌はとても繊細で美しい。その美しさが無償に腹立たしく感じた。


「アリス!東條君を返して!」


アリスを見つけるや否や、奈美子はアリスの肩を捕まえ力を入れる。今にも折れそうな華奢な身体であるが、今はそれどころではない。


「返してとは?何をおっしゃるのでしょう?」


「アナタでしょ!東條君をどこにやったの!?」


「ふふ。」


そして、アリスは小気味よく笑った。


「東條さんは、既に貴女の物ですわ。」


「…………なにを。」


「彼の脳内では、百年の歳月が経過しています。誰もいない、何も無い、孤独な世界の中を必死に歩き続けています。そこに貴女が現れるのです。」


「百年!?」


「あとは貴女が優しく声を掛けるだけで、東條さんは貴女の物になるでしょう。」


「アリス………、アナタ、何を言っているの?」


「奈美子さんは人の心は変えられないとおっしゃいました。本当にそうでしょうか?人の心など案外もろいものです。試してごらんなさいな。」


「何を…………。なんて酷い事を…………。」


「一つ誤解がありますわ。」


「誤解?」


「東條さんを異世界へ追いやったのは私では有りませんことよ。貴女の想いがそうさせたのです。」


「まさか…………。」


「考えたでしょう?東條 豊さんを独占したいと。他の女性に近づけたくないと。2人きりの世界に浸りたいと。」


「それは…………。」


「私の【加護】の力は、その願いを忠実に叶える力ですわ。想いが強ければ強いほど、それは現実になる。」


「そんな…………。」


「貴女も早く東條さんの元へ行って来なさいな。彼は貴女が来るのを待ち侘びている。彼を助ける事が出来るのは貴女だけなのです。」


「私だけ?」


「もちろんです。そこは貴女が作り出した世界『パラレルワールド』なのですから。」


神原 奈美子(かんばら なみこ)の想いの強さが、その世界を創ったのだとアリスは言う。


(東條君が私を待っている。私しか彼を助ける事が出来ない。)


そこは、2人だけしか立ち入る事の出来ない別世界(楽園)。


「アリス、早く私を東條君の元へ連れて行って!」


「大丈夫ですわ、神原さん。彼は逃げる事も隠れる事も出来ません。貴女を見ると泣いて喜ぶに違い有りません。」


「アリス…………。ありがとう。」


すぅ────



そして、神原 奈美子(かんばら なみこ)は、その場から姿を消して、後には一匹の小さな黒い生物が誕生した。