●母親失格?
こんにちは!
歌うお金磨きファシリテーター&超変革ノート認定トレーナーの
まつもと さいこ です。
1月31日に舞子台のいっぽかふぇfooで
お金磨き&超変革ノートワークショップを開催しました。
もうそろそろご自分が輝く時だと感じていた参加者様、
お金磨きをして、超変革ノートを書いて、
さらに今回のためにこのタイミングで届いたのでは?
と思わせる
マツダミヒロさんの
魔法の質問イラストカードをひいて、
2018年をミラクルにする
毎月のテーマを決めていただきました。
いっぽかふぇで一歩踏み出された参加者様、
ともに理想の未来を引き寄せましょう!
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それでは今日も振り返りブログ。
前回のブログはこちらから。
https://ameblo.jp/saichan33/entry-12348555127.html
娘が妊娠しました。
高校に入って2ヶ月で中退しました。
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中3の3学期、
娘が「生理がこない」と言い出しました。
ドキッとしました。
まさか!と思いました。
でも、それからすぐ「生理きた」と言ったので、
ホッとしていました。
もともと生理不順な方だったので。
高校受験や卒業、入学準備などバタバタしていましたが、
入学してから娘の様子が何かちょっと変だなと感じて、聞いてみました。
「ちゃんと生理きてるの?」
「…ない」
怖れていたことが現実になりました。
妊娠検査薬の判定、、、
陽性
病院に連れて行きました。
娘だけ診察室に入りました。
その後私が呼ばれて、先生から言われました。
「もう産むしかないですよ。」
選択の余地はありませんでした。
中絶できる時期を超えていたのです。
一度生理がきたと思った出血は、
着床か何か生理とは別の出血だったのです。
その時、娘は受け入れられない様子でした。
でも受け入れるしかないのです。
結局、娘はシングルマザーとして子どもを産む決断をしました。
私は子どもには何でも言わせてあげられる環境をつくってあげたいなと思っていたのに、
実はできていなかったことを後悔しました。
娘が付き合い出し少しした時に、
ドラマ「14才の母」みたいなことにならんようにね。
と言ってしまったのです。
もしかしたら、その私の一言で、
「お母さんには何にも言えない」環境にしてしまったのかもしれない。
そう思うと私の責任だと強く感じました。
そして、娘と一緒に、生まれてくる子どもを一生懸命育てようと誓いました。
でも、そうやってすべてを受け入れると、
悪いことは何も起きませんでした。
職場で「みんな建前と本音は違うよ。
いろいろ言ってる人もいるよ。」と聞いた時、
「そうでしょうとも」と思いました。
私がすべて悪いんだから何を言われたっていいと思いました。
だから、何も気になりませんでした。
ある人は、
「どこかに引っ越すのかと思った」と言いました。
私はなんで逃げるようなことをしなければならないのかわかりませんでした。
そして、もしどこかに引っ越せば、
この出来事が嫌な、悪い、思い出したくない出来事としてインプットされるだろうと思いました。
別に逃げるような悪いことをしたわけではないし、
生まれてくる命をしっかりと受け止めて、
育てていけばいいんだと思って、いつも通りに過ごしました。
すると、いつも通りに自然に時は流れ、
娘はお母さんになっていました。
私は3人の子どもを帝王切開で産みましたが、
娘の出産に立ち会うことで、
陣痛の痛みを知りました。
ありがとう。
よく頑張ったね。
ダーリンが病院に来て、2人で赤ちゃんとご対面。
生まれてきた赤ちゃんは、
しっかりとした目で私たちを見つめてきました。
生まれてきてくれてありがとう。
私は38歳でおばあちゃんになりました。
今日もお読みいただき、ありがとうございます。
次回「逆境をこそ活かすために私がしたこと」はこちらから。
