「父と母を 自分と別の人格とみない」
とありました。
すべ自分。
私は 父のおおらかで 温かく 愛情深く 情に厚く 懐が深いところが大好きでした。
私は 父の我がままで 自己中で 場の空気が読めないところが嫌いだと 思い込んでました。
わがままだと感じだしたのは 脳梗塞をわずらってから
自己中どころか 人とは違う気配りができるひとでした。
場の空気が読めないのも 私の価値観との違いからだと思う。
私は 母のおおらかで 温かく 愛情深く 賢く 我慢強く 器が広いところが好きです。
私は 母の嫌いだというとこは あまり思いつきません。
でも一緒にいると気を使ってしまうんです。
母は 私がわがままを言うと無理してでも付き合ってくれる。
私が 私のままでいると 困らせてしまう。 迷惑をかけてしまう。
私は 私のままでいてはいけない。 いい子でいないといけない。
なんでもできる私でいないといけない。
母を困らせてしまう
なぜそんなことを思い込んでしまったんだろう。
想い浮かぶのは 小学生の頃
感情のコントロールがうまくできず 泣きわめいて部屋に閉じこもり母が迎えにくるまですねていた。
ここまで書いて 自分は小学生だと思っていたが 中学の記憶なのかも
悪いことした 迷惑をかけたという記憶が強く残っているが
娘を見てたら 甘えたかっただけなんだと思う。
母の気を 自分に向ける手段がわからなかっただけなんだ。
ただ私の方を見てほしい ヨシヨシしてほしかったんだ。
今ならわかる。 その時に母も癒されていたということ。
もう一つ思い浮かぶのが 高校生の時
親の心配も顧みず無謀に遊びまくった。
誰もが通る道
若さはバカさ
その中で 母は母としての学びがあった。
それは迷惑ではなかったのだ。
自分の中で たくさんの思い違いが見えてくる。
たくさんの後悔や自責の念が見えてくる。
その想いが私を苦しめていた。
過去のことでもう自分を責める必要はない。
もういいんだよ。
一つほぐれると どんどん軽くなってくる。
今までの思い込みが どんどん解放されてくる。
丁寧に生きていこう。
感謝できる私でいよう。
お父さんありがとう。 私は 幸せだよ。
お母さんありがとう。 私をもっと頼ってね。
父と母の中にある偉大さは もう私の中にある。
ありがとう。