ピーターラビット in GINZA
@SONY ビル(10/14まで)
イギリス生まれのかわいいうさぎは今でも多くの人に愛されている。
SONYビルで開催されたピーターラビット展は家族連れや女性でなかなか好評な人入りであった。
SONYビルを8Fまで上がると小さな受付があり、ポストカードが無料で配られている。その受付をすぎるとピーターラビットの歴史や生まれた場所などの基本情報が展示されている。
のびやかで自然豊かな町で生まれたピーターラビット。
その自由でかわいらしい性格が生まれた場所としてピッタリの湖水地方写真の数々。
その年表の奥に進むと不思議な絵が展示されている。
もちろんピーターラビットたちの絵なのだが、最初見ていると普通の昼間のラビットたちの絵である。しかし、その絵を照らすライトが段々と暗くなっていくと同時に絵も綺麗な満月を浮かべて夜の絵となる。
同じ絵柄であるのに、その昼夜の表情でここまで雰囲気が変わるものかと驚かされる。絵のかわいらしさはもちろん、最新のアートの世界が垣間見れる。
さらに奥に進むと小さな映画館のようにおしゃれな座席とスクリーンのある少し広いスペースに出る。そこではピーターラビットのアニメが上映されている。全編英語だが、かわいらしく動き回るピーターの様子から十分に楽しめる。
小さな会場だが、その小ささがピーターラビットの世界らしく落ち着いて見ることが出来る。どこからか小さな穴からピーターラビットが頭だけ出してこちらを見ているような、そんな感覚が得られる。ゆったりとした休日にぴったりの展示である。
2013/10/13 sai
『埋没性』という言葉がまるで悪のごとくなっている世の中で、こんなにも『埋没』した建築を目指す建築家は初めてだった。
2013年10月4日
講演会
三大学を巡回して開催されている巡回展で、日本ポルトガル470周年記念行事としてポルトガルの建築家、エドゥアルト・ソルト・デ・モウラ氏の作品が展示されている。
今回の講演会場となった東京電機大学では来週から展示予定だが、それに先立って行われた講演会である。
『埋没性』
これが今回感じたキーワードである。
別の言葉で言うのならば『調和』だろう。『調和』の方がより良いイメージを持つ言葉で、実際多くの人はそう思っただろう。
しかし、『調和』で本当に網羅しきれるのだろうか?
彼の建築はその土地を歩き、感じ、インスピレーションを得ることから始まる。(まれにそれが出来ないこともあるようだが。)
彼の意識の中で「建物をデザインする」ということはなく、ただ「ランドスケープ」するだけだという。
そこに石がある。岩がある。木がある。
それを囲うように作るのでも、眺めるのでもない。ましてや排除する訳でもない。
ただ、置ける場所に建物を、人の場所を置くだけなのだ。
変わらない景色、変わらないイメージ
それらを何ら壊すことはない。なぜなら、置いておくだけなのだから。
作るのではなく、置く。
それが彼の「設計」だ。
現代の建築が「自然に手を差し伸べている」建築ならば、彼の建築はむしろ「自然に手を差し伸べてもらっている」建築なのだ。
『埋没性』
彼の建築にはそれがある。
展覧会で彼の作品だけを見ると逆に『個性的』に見えるかもしれない。しかしこの場合の『個性的』とは敷地への『埋没性』を意味しているんかもしれない。
2013/10/04 sai
