タクシー会社。

 

中澤 互助交通社長とは、

 

気づけば、付き合いは長い。

 

 

・・・・今は、会社を売却されたから「元社長」ということになる。

 

いや、

 

現業でも社長なんだから、社長には違いないけど。

 

 

 

気づけば、タクシー業界の片隅で生きている。

 

 

出会ってから、・・・たぶん、25年くらいの月日が経っている。

 

 

出会った当時は、

 

まだ、「専務」の肩書だった時代だ。

 

 

専務とはいえ、実質、会社を回していたのが中澤氏だった。

 

 

「元日産のエンジニア」

 


車好き。

 

「日産党」だった私。

スカイラインGT・・・・32GTR・・・・34GTR・・・・と乗り継いできた。

 

しかも、ほぼ同級生。

 

 

会社にお伺いした時には、仕事だけじゃなく、いろんな話をして、

私は油を売っていた。

 

 

楽しく訪問できる顧客先だった。

 

 

車だけじゃなく、

 

 

「プラモデル」の話とかも。・・・・なんたって同級生みたいなもんだ。熱中するものも同じだったりする。

 

 

話題は尽きなかった。

 

 

タクシー業界は、

 

 

「許認可商売」だ。

 

 

いろんなことが、会社側の自由にはならない。

 

 

「官統制」の業界だ。

 

 

一般のビジネスなら当然の、

 

 

「価格」すら自由には決められない。

 

官が決めた価格で粛々と商売をしていくしかない業界だ。

 

 

 

「企業努力で価格を下げる!!」

 

 

 

そんな、

 

商売の「当たり前」ができない業界だ。

 

 

 

企業努力している会社も、

 

そうでない会社も、

 

 

「一律運賃」で商売をやっている。

 

そんな業界だ。

 

 

 

タクシー業界に入っていって、両方の「社長」という人物をみてきた。

 

 

中澤社長は、

 

 

前者の人。

 

「企業努力」をする人だった。

 

 

会社を成長させる!!

 

会社を伸ばす!!

 

 

 

・・・・傍から見ていれば、

 

外野から見ていれば、

 

 

 

「面白いことに挑戦する!」

 

 

そんな、ベンチャー気質の方だった。

 

 

社長に就任してから、

 

それは、存分に発揮された。

 

 

 

このブログを読まれている方の中にも、

 

 

「イタ車のタクシー」

 

とか見たことある人いるでしょ??

 

 

「イタ車」ってのは、

 

 

アニメキャラをラッピングした車だ。

 

 

秋葉原とか行くとよく走ってる。・・・・意外や意外、「ランボルギーニ」とかの、

 

「ちょー高級車」ってのもあったりする。

 

 

あれの、「タクシー」をやらかした人だ・笑。

 

 

・・・・・あとは・・・・

 

 

「ロンドンタクシー」を日本で走らせた人でもある。

 

 

「ロンドンタクシー」は、

 

映画なんかでもよく登場する。

 

イギリスを代表する「風物」って代物だ。

 

 

独特のレトロな乗り物で・・・・

 

現在では、

 

中身は「現代車」なんだけど、

 

デザインは、あえて「レトロ」を残している。

 

 

それを、個人で輸入して、「乗用車」で、乗るんじゃなく、

 

 

「タクシー会社」が走らせるってとこが、

 

 

 

めちゃくちゃ面白い・・・

 

 

私は、手を叩いて喝采したんだった。

 

 

 

だから、

 

「ネット界隈」では、けっこうな有名人だった方だ。

 

 

本当に、

 

将来を楽しみにしていた社長だった。

 

 

 

業界に入った時には、

 

 

「社長さん」

 

 

みなさん私よりも「年上」だったものの、

 

時を経て、

 

代が変わっていき、

 

同年代が「社長」につくようになっていった。

 

 

 

そんな、社長の中で、

 

 

「この人の行く末を見ていきたい」

 

 

そう思える社長が何人かいた。

 

 

・・・・・その中のひとりが中澤社長だった。

 

 

 

「ボクの役目は、ここまで蓄積された借金の返済なんだよ・・・・だから、返済終わったら辞めちゃうよ」

 

 

 

ある時言われた。

 

驚いた。

 

 

ウソだぁ・・・・

 

 

 

その時は、冗談半分に聞いていた。

 

 

タクシー会社は「家業」だといっていい。

 

その一族が脈々と培ってきた生業だ。・・・・そして、許認可商売。

 

 

長年のしがらみ。

 

 

外野から見ていても、

 

そんなに簡単に辞められるものじゃないことは想像がついた。・・・・そして、そういう事実を見てもきた。

 

 

 

しかし、

 

中澤社長は、見事にやってのけた。

 

 

見事に、社を売却してみせた。

 

 

売却するには、・・・そして、「足元」を見られないためには、

 

まずは「負債」を無くすこと。

 

 

中澤社長は、

 

専務の時代から、粛々とその着地点を見据えて経営をされてきたわけだ。

 

 

「言うは易し」だ。

 

 

なかなかできることじゃない。・・・・じっさい、それができずに「廃業」に追い込まれた会社を何件も知っている。

 

 

 

その中澤社長に相談したことがある。・・・・今回の件だ。NPO設立の件だ。

 

設立趣旨に賛同してくれた。

 

そして・・・

 

 

「寄付っても、1ヵ月1万円くらいだろ?

 

それくらいだったら協力するよ・・・・他の会社だってやってくれると思うよ。

 

社長が1回飲みに行くのを我慢するほどでもない金額だ」

 

 

そう言ってくださった。

 

 

私の、

 

大きく背中を押してくれたのは、中澤社長だった。

 

 

 

NPOは設立できた。

 

 

また、相談に、

 

挨拶にお邪魔した。

 

 

相談に乗ってもらった。

 

 

・・・・そして、

 

武士に二言はなかった。

 

 

「協力する」

 

 

 

気づけば、タクシー業界の片隅に生息している。・・・・・25年を超えた。

 

仕事人生の大半を過ごしてきたことになる。

 

 

・・・・それができたのは、

 

ひとえに、「顧客に恵まれた」ことにある。

 

 

 

NPOを設立した。

 

 

間違いなく、

 

「人に恵まれた」ことにある。

 

 

 

特定非営利活動法人セーフハウス自立支援会

 

 

関わってくれている全ての人たちに感謝する。

 

 

・・・・そして、

 

 

中澤社長。

 

 

ありがとうございます。

 

これからもよろしくお願いします。

 

 

 

ブログ。

 

「互助交通しか知らない世界」