先週の水曜日をもって、去年の夏ごろから通っていた先生のレギュラークラスが一旦お休みに入りました。

3年ほど前にも数か月通っていたのですが、妊娠・出産で夜のクラスということもあり2年間むずむずして過ごしていました。

 

 

息子が一歳になり運よく保育園にも通えるようになって、旦那の協力のもとなんとか通えるようにしてもらったのです。

 

もともと運動量の多いヨガが好きだったとはいえ、最初は衝撃でした。

ここまでさせるか…!(できてないけど)、ってかんじ。

でも、今までのヨガでいっちばん楽しい時間でした。

 

 

 

 

毎週月曜日あたりから、なんとなく憂鬱になってきます。

今週もキツイんだろーなーー、って。

 

 

で、水曜日。

やっぱね、思った通り。

キツイですよ。

 

でも楽しい!

達成感半端ない!

わたし頑張ったよ!

また来週も楽しみ!(このときは前向き)

 

 

 

このルーティーンがなくなって悲しみに打ちひしがれながら、ちょっと冷静に考えてみました。

 

 

1時間半のクラスを終えた後の感覚(実際には+1時間)

フルマラソンを完走したあとのかんじに似てるんです。

 

まず、大会の少し前から憂鬱になります。(自分でエントリーしてんだけど…)

そしてレース中は周りを走ってる人達と一緒に頑張ってる感覚で力を貰えます。

だから、自主練でやるのはせいぜい半分くらいまでだけど不思議と42キロ完走できちゃう。

 

水曜のクラスでも一人だけなら絶対にあんなに追い込めないです。

先生のリードも勿論あるけど、あんな馬鹿みたいにキツイところまで突き詰める、あの空間にいるみんなが作ってる空気が大事なんです。

 

 

マラソンゴールして、靴につけたチップを外して、お水を貰ってタラタラ歩きながら余韻に浸ってるときの感じは、クライマックスのハイラインジを繰り返して最後のダウンドックからのチャイルド。

 

「おわったーーー、完走できてよかったーーー」

最後まで走り切らないと絶対に感じることのできない達成感。

そしてマラソンゴールした後にもらえる、豚汁なりバナナなりが超うまい。

これはシャバーサナかな。

 

 

わたし人見知りで水曜のクラスに長年通ってらっしゃった常連さんたちともそんなに打ち解けていたわけではないし、マラソンのときなんかまわりで一緒に走っているのは赤の他人なんだけど、目標としているところが一緒なのが大事なんだと思う。

ひとりひとりの高みを目指す思いが集まることでしか創れない力が背中を押してくれるんじゃないかな。

 

 

昔スポーツジムでやってたボディパンプもそんな空気が好きでした。

 

 

あー、わたし「あの空気」で満ちているところでやるスポーツが好きなんだー。

 

もしかしたら、わたしはヨガが好きなわけじゃなくて体を動かすのが好きなだけかもって恐る恐る先生に言ったら

「ヨガの定義は人それぞれだからいいんじゃない」って言ってくれてホッとしました。

 

 

 

 

そーゆーことを言ってくれる先生の愛があの空間に混じりあって出来上がるあの水曜の夜の空気が大好きでした。

 

 

 

 

「ここにあなたがいないのが淋しいのじゃなくて ここにあなたがいないと思うことが淋しい」んです。

 

 

「お休み」っていうのも一つの愛ですね。