理想のない社会からは何も生まれない。生まれるものがあるとするならそれは私欲だけだ。

 アベ政権の五年間が残したもの、それは社会のあらゆるところにモラルハザードを招いたことだ。権力を持つ者は、法に触れようがモラルに反しようが、知らぬ存ぜずを通し、或いは嘘を強弁しつづければ罪を負うことも責任をとることもない。それが政治や中央官庁以外に、企業や学校にまで広がっている。そして最終的にこのツケを払うのは何の力も持ちえない私たち国民だ。

 しかし世界が日本と同じなわけでは決してない。例えば資本の根幹、グローバリズムの最前線であるマネーつまりお金、そのマネーで今最も問われていることが環境とモラルである。
 ダイベストメントDivestmentという言葉がある。日本語で言えば投資撤退、ダイベストメントは世界中で地球温暖化の原因となる化石燃料への投資をやめる活動であり、化石燃料だけではなく原発や反倫理的開発や企業に対しての投資撤退を含んでいる。

・ダイベストメントの潮流
 2017年2月、パリ市はC40(世界大都市気候先導グループ)に加盟する東京都と横浜市に対して化石燃料関連企業からのダイベストメントを呼びかけた。
 現在ダイベストメントへのコミットメントを表明した都市は、パリ、ベルリン、オスロ、コペンハーゲン、ストックホルム、アイルランド、ニューヨーク、ロスアンゼルス、ケープタウン…、保険会社ではアリアンツ、アクサ、ロイズ…、年金機構ではノルウェー政府年金基金、カリフォルニア州公務員退職年金基金…、そして大学ではハーバード大、オックスフォード大…。2017年現在76カ国831の投資機関がダイベストメントに参加しその額は6兆ドルに達している。しかし日本では未だに参加する都市はなくわずか9団体が参加しているに過ぎない。
 その一方で日本のメガバンク等がダイベストメント対象に投資している額は10兆円に及んでいる。

 更にダイベストメントの対象となる日本企業は、丸紅・住友商事・J-Power・電力各社・神戸製鋼・宇部興産…商社・電力会社を中心に名だたるトップ企業が並んでいる。

・ダイベストメントの動き
 ダイベストメントの原動力になっているものはパリ協定である。世界中で地球温暖化の影響が深刻さを増す中で化石燃料への投資が批判の対象となり、CO2排出を減らすためには投資撤退が手段として有効であるからだ。
 そのなかで批判を浴びているのは日本政府と日本企業だ。今最も問題となっている開発はアベ政権がインフラ輸出と称して行ってる巨大プロジェクト、インドネシア・インド・ベトナムで行われている石炭火力発電所の建設だ。日本政府は
「CO2排出の少ない高効率の火力発電所の建設は環境にも地域にも優しい」と喧伝しているが世界中から侮蔑を込めてこう言われている。
 "After all,It's Carbon."…結局石炭だろう
実際効率といってもたかだかマイナス5%程度、しかも主幹企業は世界中で悪名轟くゾンビ企業の東芝だ。

 話をダイベストメントに戻そう。ダイベストメントはインベストメント(投資)の逆で、株や債券や金融資産を引き揚げることで化石燃料に関わる事業をストップさせようとしている。過去にはアパルトヘイトやタバコ企業、ダルフールでのジェノサイドに用いられ大きな成果を生んだ。
 フランスの保険大手アクサは、石炭から24億ユーロ、オイルサンドから7億ユーロの投資を撤退した。これは欧米の金融企業が化石燃料への投資は近い将来座礁資産になると判断し、今では脱炭素化を投資の前提としているからだ。
 ドイツの国際環境団体ウルゲバルトはダイベストの対象をこう規定している。
①新規の石炭火力発電所の建設
②石炭による発電量が30%超の電力会社
③利益の30%超又は年間2000万t以上の石炭を算出する採掘会社
 そしてウルゲバルトからダイベストと指摘された企業が、丸紅・住友商事と日本の大手電力会社だった。更に日本政府が厳しく批判されているのはGPIF(年金積立管理運用独立行政法人)がダイベスト企業に投資していることだ。世界で第2位の運用資産を保有するノルウェー政府年金基金が石炭に依存する企業69社から資産を撤退させたことを考えると、アベ政権の政策が如何に世界の潮流から逆行しているのかが分かる。

・メガバンクさすがの見直し
 企業経営者は東芝のようなゾンビ企業を除けばそれなりの経営判断力を持っている。いくら日本政府が旗を振ろうと潰れてしまったら元も子もない。
 世界からの批判に耐えかねて三井住友銀行は、石炭火力への融資を厳しくする方針を発表した。三井住友銀行によると従来の石炭火力よりCO2排出量の少ない超々臨界圧方式でなければ融資はしないとしている。また三菱FGも石炭火力について「国際的状況を十分認識した上でファイナンスの可否を慎重に検討する」という新たな経営指針を公表した。更にみずほFGも「石炭火力ではなく同じエネルギー効率を持った実行可能な技術で代替できないか」を審査するとした。
 しかしアベ政権が成長の柱としてインフラ輸出を掲げているためメガバンクの石炭からの完全脱却は難しく、三井住友銀行が「日本政府の支援が確認できる場合」を例外としたことに国際的批判が再燃している。
 元三菱銀行取締役で気候変動に関する有識者会合の末吉竹二郎座長は
「石炭火力融資を続け、環境意識の低い銀行と国際的に見られれば格付けが下がり投資家から敬遠されるリスクが高まることを邦銀経営者は認識する必要がある」と語っている。

・融資における理念
 金融危機が頻発するイタリアだがパドバに本店を置くバンカエチカ(日本語にすると倫理銀行)は「公平で持続可能な社会づくりの貢献」を理念に掲げ、融資の対象を「社会や環境により良い影響を与える事業」に限るとしている。
 イタリアはアフリカやシリアからの難民が押し寄せ社会問題となっている。バンカエチカは環境問題のみならず、難民に働く場所を創出する企業にも積極的に融資している。その反面例え利益が見込めたとしても倫理に反する事業には一切融資しないという。更に武器製造や、タックスヘイブン、カジノの運営に携わる融資も行なっていない。こうしたバンカエチカの理念に賛同する多くの市民から預金が集まり高収益をあげている。アレッサンドロ・メッシーナCEOはこう語っている。
「イタリアの大手銀行は収益をあげることだけしか考えなかった。私たちバンカエチカはこれまでの金融文化を変える運動をしている」

 資本の根幹、グローバリズムの最前線にあるマネーが環境と倫理を語る。ダイベストメントは今や世界の投資の守るべきスタンダードとなっている。しかし日本政府は一向に従来のモデルを変えようとしないばかりか成長戦略に掲げさえしている。
 そうしたなかでも城南信用金庫は原発からの撤退を訴えて顧客を増加させている。また大和証券の社長に就任した中田誠司氏は子どもの貧困問題に5年間で1億円の援助プロジェクトを立ち上げた。中田社長はこう語っている。
「証券会社は資本主義の象徴的な存在であり、資本主義は格差を生む。だから本業で稼いだお金を子どもの貧困の解決に役立たせたい。もちろん一企業が社会問題を解決できるとは思わない。しかし市場経済のど真ん中にいる人間としてできることを考え続けていきたい」

 理想のない社会からは何も生まれない。
 権力を私に行使したり、法令違背が積み重ねられていけばいずれ社会は崩壊に向かう。私たちは理想をもった社会を築き上げていかなければならない。そしてそのことが何よりも自由で公正な社会を保証していくことになるのだから。