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24.
 雨が降っていた。辺りはすでに薄暗くなっていた。道路は雨に濡れ街灯の光を反射していた。
 風は領事館前の交差点の見えるビルの陰に隠れていた。風の反対側の交差点にはアキラが身を潜めているはずだった。風は時計を見た。17時54分だった。後4分で五月と塩素が交差点に現れてモロトフを置くはずだ。

「五月さん重くないですか?」
塩素が五月の剣道の防具入れにモロトフを入れた。
「大丈夫、これくらい全然大丈夫よ」
五月は防具入れを肩に担いだ。二人は互いに目を見つめた。
「行きましょう」
「ええ」
 五月と塩素は地下鉄の中で何も話さなかった。二人はつり革につかまってガラスに映る互いの顔を見つめていた。ゴッーという地下鉄の音が車内に響いていた。

 アキラは木陰に隠れていた。雨粒が銀杏の葉を伝ってポトポトと落ちてきた。ポケットから革手袋を出すと左手から指を通した。両手に革手袋をはめるとパンと両手を打った。
「いよいよだ、落ち着けよ。俺はマヌーだ、抜かりなくやるぜ」
 アキラは声に出すともう一度パンと手を打った。

 交差点の向こうに塩素の姿が見えた。同時に地下鉄の出口から防具入れを肩に担いだ五月が風の方に向かって歩いてきた。時刻は17時57分、予定通りだ。
 五月は領事館前の交差点に着くと防具入れを肩から下ろした。袋の紐を解くとモロトフを入れたビールの手提げを取り出してゆっくりと地面に置いた。モロトフを置くと五月は何もなかったように歩き出した。
 風は時計を見た。17時58分、後2分だ。風は秒針を目で追った。秒針が一周するのがこんなに遅く感じたことはなかった。後1分、秒針が滑らかに回っていく。
「よし!」
 17時59分45秒になったところで風は交差点に向かって歩き出した。道路の向こうにアキラが見えた。

 18時00分!
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 東西の信号は青だった。モロトフを投げる時を交通量の多い東西の信号が赤になった瞬間と決めていた。ほんの数十秒、信号が赤になるまでの時間が異常に長く感じられた。そぼ降る雨の中を車が水しぶきを上げながら交差点を抜けていった。
 信号が黄になり、車が止まり、信号が赤になった。風は辺りを見渡すとモロトフを手に取った。その瞬間、アキラの投げたモロトフが交差点の真ん中で爆発した。爆発音とともに火柱が上がった。
 風はその火柱に向かってモロトフを投げた。アキラが次々とモロトフを投げた。連続して投げられた火炎瓶は凄まじい音を立てて爆発した。次々と爆発したモロトフは辺り一面を昼間のように明るくした。火柱は夕闇を切り裂き高々と空に上がっていった。
 アキラはすでに4本のモロトフを投げ終わり、一刻も早く現場から逃れようと走り出していた。風が4本目のモロトフを投げようとした時、アメリカ領事館の方から警官が走ってくるのが見えた。
 ピー! ピー!と笛が鳴った。同時にパトカーがサイレンを鳴らしながらものすごい勢いで走ってきた。
 風は最後のモロトフを交差点の真ん中に投げた。爆発音とともに火柱が上がった。火炎の明かりが走ってくる警官の顔を照らし出した。風は駆け出した。何度も確認した逃走路を全速力で走った。風の後ろから警官が追いかけてくるのが分かった。
 風は大通りから路地に入ったところで足がもつれもんどり打って倒れた。警官がすぐ後ろにいた。風が起き上がって走り出そうとした時、警官の手が風の肩を掴んだ。
 その瞬間、警官に向かって発煙筒が投げられた。発煙筒から火花と煙が勢い良く上がり、怯んだ警官は勢い余って尻餅をついた。

「風!逃げろ!」

風は振り向いた。
「隼人!」
「逃げろ!」
隼人が風に向かって再び叫んだ。

 風は走り出した。路地の曲がり角で後ろを振り返った。隼人が警官に囲まれていた。暗闇の中で隼人の顔が青白く浮かび上がった。
 風は再び走り出した。走りながら風は隼人を呼んだ。
「隼人 隼人 」
隼人の青白い顔が目に焼き付いていた。サイレンの音がけたたましく鳴り響いていた。