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22.
「決行は6月8日土曜日。レセプションが始まるのは19時、つまり午後6時には政界や財界の招待客はアメリカ領事館に来るはずだ」
 現史研の部室には、風、五月、アキラ、塩素の全員が集まっていた。風は机の上に地図を広げ、アメリカ領事館の取付道の交差点を指差した。
「この交差点の東と西から真ん中に向かってモロトフを投げるんだ」
アメリカ領事館攻撃は、実際にアメリカ領事館を攻撃するのではなく領事館前の道路に火炎瓶を投げるものだった。
「6時か…」
珍しくアキラが黙り込んだ。
「アキラさん、つまり日没が気になってるんじゃないですか?」
「ああ、俺の考えてることがよくわかるな」
「ええ僕も気になってたから調べておきました。6月8日の日没は18時55分です」
「ということはダニー、モロトフ投げる時はまだ明るいってことだな?」
「そうですね、でも梅雨に入った雨の日だとしたら6時はそんなには明るくはないと思いますが」
塩素の赤毛のダニー発言以来、アキラは塩素のことをダニーと呼ぶようになっていた。
「アメリカ領事館周りには、大きな銀杏並木があるし西側には高いビルもあるからその時間はもう薄暗くなっているよ」
「風もう見てきたのか?」
「あぁ、同じ時間に辺りを周ってみた」
「アメリカ領事館って、お城のところよね?ビザ申請に行ったことあるわ」
「五月アメリカ行ったことあるのか?」
アキラが驚いて五月に聞いた。
「ええ、お父さんがアメリカにいた時、夏休みにお母さんと一緒に行ったのよ」
「へぇ〜お嬢様は違うな」
「アキラ、私がプリンセスって呼ばれてるの知らなかったの?
 認識不足だこと」
「けっ、何がプリンセスだ」
「アキラさんプリンセスサツキに失礼です
 言葉を慎まないと」
塩素が真面目な顔して言ったので全員が爆笑した。
「ところで必要なものを書いてきたわ」
五月がノートを出した。ノートにはアメリカ領事館攻撃に必要なものが書いてあった。
「この剣道の防具入れって五月用意できるのか?」
「ええ、兄貴のがあるから
 …でも一つしかないのよ」
「剣道部に連れあるから俺が一つ借りてくるよ」
「防具入れから素早くモロトフが取り出せるように4本入りのパックがいるのよね」
「ところで、防具入れはどうするんだ?」
「もちろん私たちがモロトフ出したら持って帰るわよ」
「だよな、その場に置きっぱでは足つくもんな」
アキラ以外の三人は当然でしょうという顔でアキラを見た。
「モロトフは決行の前に僕が8本作ります」
「塩素、指紋は絶対残さないようにしろよ
 証拠を残しておいてはせっかく攻撃が成功しても後でパクられかねないから」
「わかってます」
「よし、そうしたら細かく時間を決めていこう」
風とアキラはそれぞれ東西の交差点に6時ジャストに、風が領事館側の西側の歩道、アキラは対角線の東側の歩道、五月は塩素の家に行ってモロトフを受け取り二人で領事館前の交差点に、五月は風のモロトフを、塩素はアキラのモロトフを6時2分前に置いて姿を消すことになった。
「決行前の演習は一週間前の6月1日の土曜日18時にしよう」

 6月1日の演習でわかったことはアメリカ領事館前の交差点は日没前でも既に薄暗いということだった。車の交通量はさほど多くはなかった。そして肝心の警官は領事館の前以外どこにもいなかった。
 風はモロトフを投げる時を交通量の多い東西の信号が赤になった瞬間とし、アキラと信号を見ながら確認した。そうすれば通行中の車にモロトフが当たって爆発することがなかったからだ。五月と塩素は剣道の防具入れから出したモロトフの置き場所を確認した。そしてそれぞれ決行後の逃走路を念入りに確認した。

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 決行の6月、第2週になろうとした6月2日22時48分、九州大学電算機センターに米軍RF-4Cファントム偵察機が墜落した。電算機センターは炎上し、ファントムは建物にぶら下がるように残骸を晒していた。幸いにもパイロットを含め怪我人はなかったが、大学構内に米軍機が墜落したことで翌日から九州大学総長も含めた全学的な抗議行動が巻き起こった。

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 そして6月5日、大統領選挙キャンペーン中のロバート・ケネディが暗殺された。
 民主党の大統領指名をほぼ確実にしたロバート・ケネディ上院議員はロスアンゼルスのアンバサダーホテルで、パレスチナ移民のサーハン・サーハンから銃撃を受け翌6日午前1時44分死亡が確認された。民主党から大統領指名を受ければ間違いなく大統領と言われたロバート・ケネディは兄ジョン・F・ケネディにつづいて道半ばで凶弾に倒れることになった。享年42歳だった。

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23.
「ロバート・ケネディが暗殺されたな」
電話の向こうで隼人が言った。
「驚いたよ、ジョン・Fにつづいてだから」
風は心底驚いていた。
「アメリカってどうなってるんだ?
 ベトナムでは戦争を、本国では暗殺だから」
「だって4月4日にキング牧師が暗殺されたばかりじゃないか」
「そうだよ、ところでロバート・ケネディの暗殺で領事館のレセプションが中止になることはないのか?」
「それはないと思う。
 ロバート・ケネディはまだ大統領じゃないし、ただレセプションは控えめになるのじゃないかな」
「そうか、いよいよ明日だな。
 絶対パクられるなよ」
「あぁ、パクられるつもりではやらないよ。
 手はずは整えてあるし、何度も皆んなで確認したし」
「そうか、参加しない俺が言うのもおかしいんだけど、俺は風と一緒に大学に入って色々やってみたいんだ」
「そうだな、俺は抑圧された人民のために闘いの先頭に立つんだ」

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「あぁわかってるよ。
 大学入ったらバイトして金貯めて、ゲバラとグラナードみたいに世界中を旅したいんだ」
「グラナードって?」
「チェ・ゲバラの先輩の医師アルベルト・グラナードだよ。ゲバラと一緒にポデローサ号と名付けたバイクで南米大陸を縦断したんだ」
「そうなのか、羨ましいな」
「だろう、俺と風で世界をこの目で見たらきっと色んなことができそうな気がするんだ。
 ゲバラとグラナードは旅の途中で、チリのチュキカマタ鉱山の厳しい労働に明け暮れる人々や、ハンセン病患者が隔離された村を訪れて革命の必要性をひしひしと感じたんだ」
「いいなぁ、隼人と二人で世界を旅できたら…」
「その後二人はキューバ革命に加わり、ゲバラが殺された後もグラナードは、サンチャゴ医学校を創設しキューバの医療に尽くしたんだ」
「隼人、お前にはたくさん夢があるんだな…
 羨ましいよ」
「何言ってるんだ、風だって同じ夢があるじゃないか
 そうだ、ロンドンに行ってクリームのライヴ見ないといけないしな」
「…そうだったな」
「風、絶対パクられるなよ」
「あぁ明日終わったら会おうぜ」
「絶対だぞ
 …風ゴメンな」
「なにお前が謝ることあるんだ、隼人らしくないぞ」
「そうか…
 明日な」
「あぁ明日…」

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つづく