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 小学生の頃、知多半島の内海に父親の会社の別荘があった。別荘と言っても平屋の一軒家で、家のすぐ目の前が浜辺だった。玄関を出ると庭は白い砂地で幹の曲がった細い松が一本立っていた。
 別荘は海水浴場の西の端にあった。砂浜が終わったところに突堤があり、突堤の向こうは岩場になっていた。岩場は波に浸食され所々に小さなプールのようなくぼみがあった。潮が引くと岩場のプールに海水がたまり、太陽に温められた海水はまるで温泉のようになっていた。
 小学校の二年生くらいだったろうか。いつも岩場で遊んでいた。大きな波がくる砂浜は怖かったから、波のない岩場のプールは水遊びにもってこいだった。岩に着いている磯巾着の触手に触れると口盤が閉じるのが面白くて何度も触手に触って遊んだ。
 潮が満ちてくると岩場のプールに波が押し寄せてきた。潮が満ちるに従って岩場は水に沈み始め、やがて完全に水没した。遊び場を波に奪われ仕方なく海から上がって別荘に帰った。
 遊び疲れて昼寝をしたのだろう。目覚めると既に太陽は西に傾いていた。開け放された縁側から涼しい風が入ってきた。波の音が聞こえた。自分がどこにいるのかしばらく分からなかった。起き上がって辺りを見回しても誰もいなかった。淋しくて涙が出そうだった。
 会社を経営していた両親は仕事が忙しく、夏休みは内海の別荘で過ごすことが多かった。そして夏の記憶は、昼寝から目覚めた時の言いようのない淋しさだ。

 青い空に沸き上がる白い雲。どれだけ夏の日差しが眩しくても、どれだけ暑い夏の一日だったとしても、夏はどこまでも淋しく、夏の終わりは限りなく切ない。少年の時の記憶がいつまでたっても夏をセンチメンタルな季節にしている…。

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