父の旅行気分に若干の不安はあったけど、
「また来るね」と言って父母と別れ、
宮城県から茅ヶ崎の我が家に帰宅した25日。
夜20時ころだったかな?
父から電話が。
「明日、俺たちも帰るからな。」
(^_^;)
やはり、全く理解していなかった。
「そこにしばらく、住むという事で引っ越したんだよ。荷物も運んじゃったでしょ。すぐには無理だよ。
ご飯も出るし、楽でしょ」
「何言ってんだ。こんなとこ、やんだ。飯も不味いし、もう、明日帰るからな」
「もうちょっと、様子見て。お母さんも、診てもらえるから、安心だし、規則正しい生活できるから、健康にもいいんだよ」
「何言ってんの。こんなとこ、つまらないっちゃ。酒も飲めないし。」
「お酒はご飯の時、少し飲んだでしよ。
あれくらいで丁度なんだよ。」
…と、こんな会話を繰り返していたけど、全く、聞いてくれず、しまいに、
「明日とにかく、帰るから」
と言って、電話を一方的に切られました。
父は、家に居た時は、夕方から誰に止められる事なく、お酒を飲んでいたのですから、
それが飲めないとなり、かなり、不機嫌になっていました。
要するに、軽いアルコール依存症、という事でしょう。
旅先のホテルなら、好きなだけ飲めるし、おもてなしもしてくれて、ほろ酔いで気分良くなるサービスもあるけど、
サ高住はそんなわけないですからね。
後で、施設の方から話しを聞いたら、近くのコンビニに行って缶チューハイを買ってきて、部屋で飲んでいたようです。
そして、酔っ払って施設の1階のスタッフの事務所に行き、眠れないと言って、かなり遅くまで、話し込んでいたそうです。
とても、困った入居者になってしまっていました。
そして、そんな感じで1週間くらいは、ごまかしごまかし、居てくれてましたが、
その間、毎日頻繁に
「明日帰る」と、私に電話が来てました。
そして、アルコールが常に入っていて、話しもまともに出来ない状態が続き、
6月になってすぐの朝、父は荷物をまとめ、母を連れて部屋から出てきて、「タクシー呼んでくれ。帰る」
と、事務所に怒鳴り込んできたそうなのです。
スタッフの方々が丁寧に説得して、止めて、
母の「お腹すいた。ご飯食べよう」
という声で、昼ごはんになり、一旦落ち着いて、
また、出ていく、の繰り返し…。
それが3日くらい続き、
施設長から、父はアルコール依存が激しいし、そうは見えないけどかなり認知症があるので、
近くの専門医に受診を勧める連絡がきました。
認知症専門の病棟がある、精神病院でした。