『花ホテル』 | 三重県の高校教員Nのブログ

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地理歴史・公民科の教諭が、日課のランニングや史跡訪問の様子等をレポート。

 平岩弓枝『花ホテル』(1983年)を再読しました。

 南フランスの小ホテルの経営を始めた日本人女性と、彼女に雇われた敏腕マネージャー(日本人男性)のロマンスを軸に、ホテルの来訪者など、その周囲の人間模様を描いた作品です。
 
 もう少し詳しく概略すると、以下の通りです。

 南フランスのコート・ダジュールのエズ村に、ロシア貴族の別荘を改修した「花ホテル」(35室)を開業した美貌の女主人朝比奈杏子は、二度の国際結婚を終え、人生の再出発を賭けていました。一方、商社マンとして海外勤務が豊富でしたが、離婚した直後の佐々木三樹にも、新たにこのホテルの経営参画に賭ける思いがありました。このリゾートホテルを舞台に、富裕な来訪客らにより繰り広げられる人間模様が10の連作短編にまとめられ、これらを通して二人の距離は近づいていきます。

 感想は、以下の通りです。

 個人旅行(2006年12月)で、南仏・コートダジュールの断崖に展開する小さな村「エズ村」を訪れた際に、現地の日本人ガイドから紹介されて、本書の存在を知りました。本書について、私は次の3点の描写を楽しんでいたように思います。
 ①物語全体に散りばめられた、個性的な景観と優雅な空気感。
 ②決して若くはない男女の、仕事上の連帯と少しずつ縮まっていく距離感。
 ③ビジネスとしてのホテル経営のノウハウと、社会人として自己実現を果たそうとする向上心。
 これら以外のサスペンスの部分は、この物語の柱の一つであり、面白いと言えば面白かったですが、私の中の優先順位は高くはありませんでした。10の短編を通して、男女の距離が少しずつ接近していく手法が面白く、ビジネスが介在している関係上、容易に接近できない関係性の描き方が絶妙でした。ゆえに、ホテル経営の危機が突然やってくる最終局面にて、想像し得ない結末を楽しむことができました。

 

 印象的な一場面を転載します。
 第一章「女主人」。佐々木三樹が朝比奈杏子から、男性であることを理由に、マネージャー採用を断られた直後の場面です。

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 何故、こんなに食い下がるのか、佐々木自身、不思議であった。たかが、素人のホテルであった。一つ間違ったら彼女のいうように、はやばやと失職するかも知れない。
 「とにかく、僕を使ってみてくれませんか。その上で、あなたがやはり不適当だと思ったら、即刻、くびにしてくれてかまいません。その時はいさぎよくミラノへひき上げましょう。採用テスト期間は無給で結構です。」
 朝比奈杏子が、下を向いて笑い出した。
 「とにかく、今夜はお泊まり下さい。浜口さんのお友達として、私のホテルをみて頂けませんか。」


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 小説は、他人の人生を疑似体験できることが、面白いですね。
 エズ村は、この2006年12月の個人旅行で訪問するまで、全く知りませんでした。実際に足を運んで、その物理的な”突出感”を体感すると、この作品のリアル感をより楽しめると思います。

 再訪することは容易ではありませんが、再読している最中に、何度も旅行中の写真を見返していました。この小説を事前に読んでから、現地を訪問していたら、何と楽しかったことでしょうか。
 ということで、16年前の旅行を再び楽しんでいる私です。何とも切ないことです。

 目下、台風14号が日本列島を横断中です。
 まもなく、東海地方にも最接近します。
 
 今日(2022.9.19)のランは―。
 17~19時台に、12㎞走(6分34秒/㎞)。

 少雨ながら、少し風が強くなっていました。

[写真は、平岩弓枝『花ホテル』]
(2022.9.19撮影)