ビジネスをしていると、自分の期待値と周りの人の行動とのずれ=GAPが生まれることがある。
多くは、「期待値>行動」。
これは、不満になる。

なんできちんと期待=指示を明確に出しても動けないのか。
もしくは逐一細かい作業レベルで話さないと動けないのか。

自分にとってはこれがものすごくストレス。
分からないことはいい。
自分も頭がいい方ではないからすぐにピンとこないことはある。
でもそのときに自分は必ず問い返す。後からでも不明点が明確になったら確認する。
アウトプットイメージを合わせる。
できるだけ動く前に。

できない人は、”その”ときになぜ確認をしないのだろうか。
できないのだろうか。
もしくは分かっているのに後で忘れるのか?
自分にとっては長年、そのことは非常に不満だった。
なぜなら、それらは”能力”の問題じゃなくて、”意識”の問題だととらえているから。

能力ならこんこんと教えればいい。
でも意識なら、本人の怠慢じゃないかと。

そんな疑問をふと妻に投げかけたことがある。
実に明快な回答が返された。

「そういうのをできない人に、『あれどうなった?』とか。『本当に大丈夫?』って”再”確認してあげるのが上の人だよ。」と。

うん。

これまで、自分はそういった確認はされずとも、事前に状況は共有するし、そもそも不明点は部下である自分が自発的にやるべきことだと思っていたし、自分はそうしてきた。
これまでの部下はそういう人たちばかりだったし、行動よりも計画が先にくる人種ばかりだった。

でも妻に言われて「あ、違うんだ」って言うのが頭に初めて入った。
気づいていなかった訳ではないが、頭で全く受け入れていなかったし、許せなかった。
でも違うのかもな。

そういうのができない人にも、確認をしてあげる。
分からない人には、分からない所があることを気づかせてあげる。

そういうの、必要な人も少なくないんだ。
それが妻の言葉で再認識することができた。

人に任せてみると、意外なほどそういう緻密なコミュニケーションができる人は少ないということが分かる。
そのときは、ぐっとこらえて自分が歩みよる必要があるんだな。

声かけ。
人の仕事を管理するというのは、固定的な対応ではダメであるだけでなく、自分の感情もコントロールする必要があるところがまた難しいと感じた。

でも、一度任せてみた時の反応でどの人にどのレベルで接するかは考えておくことは重要だ。

根拠のない自信で人を批判。
やらせてみるとできない。
それを認めない言い訳を必死にする。

ゆとり世代や学歴がないからとは一括りには言えないがそれに該当する身近な2人は正にそう。

ビジネスって1人でやるなら勝手にやりゃいいと思うけど、そうじゃないなら自分の方に引き寄せられるかは自分の力だということが分からない彼ら。

どうネゴるか押し通すか、どこまでやる、どういう手順でやるかも自分次第なんだけど。

あの年齢でまだ理解できていないことを考えるともう成長限界なんだろうな(28歳と30歳)。
新卒じゃないんだから…ほんと言わせんな。

一丁前に人の批判だけは繰り返す。
そのくせ自分は全く成果を上げない。
常に仕組みを批判。
無"謙虚"。そしてプライド青天井。
どこにその根拠のない態度は出てくるんだか。

頭のいい人ほど批判だけには終わらず代替案をきちんと出す。議論する。
そもそも批判というようなマイナスの空気を出さない。課題として遡上にあげる。

会社という組織で動くなら妥協すべき点、通すべき点がでてくることもある。
人のやってることを引き継ぐこともある。
そういう時にグダグダ言ってるやつってほんと分かってねーなって思う。

一年間付き合ってみて成長できない2人を見て残念。
手とり足とり言うとかの次元の話ではもはやないし。

考える動力がついている部下が欲しいわ。


ともに働く。
会社には価値観の違う人が集まっている。
業界で一定の差はあれど。

やりたいことでなくとも、自分では「違う」と思えどやらざるを得ない時がある。

人とのGAP、自分の理想とGAPにフラストレーションが溜まることも多い。

しかし、だ。
それを顔に出してはダメなのかもしれない。

何を隠そう、図らずも自分がそうなのだ。
フラストレーションが故に怒気、時には殺気すら出てしまう。
周りに対する怒りがある時こそ、押し黙って対応するのではなく、怒りを伝えたいと思うようになった。

ただ感情でまくしたてるのではない。
せめて、①何が不満か。何がうまく行かなくなったのか、行かなくなるリスクがあるのか。②今後はどうすべきか。どうしたらいいと思うか。を分かるように、喋りすぎず伝えることが重要だ。

怒りは持っていても、ソフトにソフトにを念じながら、でもはっきりと伝えたい。

怒気や殺気は人を遠ざけることはできても、"次回"も同じことが起こるか、または次回がないだけだ。

なぜなら相手には分からないことだから。
気づいてないだけならまだしも、下手すると悪評を振りまかれかねない。
"気難しい"と。

何しろ相手には全く分からないのだから。

だからこそ、毅然と怒りを伝えたい。
いや、不満と代替案を伝えたい。
そうしないと、気に病むのば他でもない自分だし、伝えることは相手にもプラスだ。

怒りの原因を考えると、相手の無神経さや、無能さに辟易したりするのだが、そこは責めても相手が折れることも成長することもない。

ここは一つ、価値を上げる役割を自分のためにも引き受けよう。

怒りを押さえつつ、今日はこの辺で。