ここ数日いろんな葛藤があった。
家族が大変なのに、何もできないこととか
地元が壊滅的なのに、実感もわかずもちろん何もできないことへの無力感とか。
それでも動きだす仙台についていけなくてずーっと「むむーー」だった。
仙台の街中と、被災地じゃ状況が違いすぎる
大人になってから初めて葬儀に出て、感じるものも大きかった。
ほんとーーに、いろんな思いが巡って
なんかよく分からないけど、涙がいつまでも出てきたなぁ
葬儀に出たくてもこんな状況で出られなかった、父や皆のことを思うと辛かった
みんなの分も「ありがとう」を伝えられただろうか。
命には限りがあるんだなぁと。
ほんとに、毎日ちゃんと楽しく幸せに生きないと
申し訳ないなぁと思った。
・・・・でも、今何もできない。という葛藤
もんもんもん
それを変えてくれたのが、グラフィックトイの田村さんだった。
ありがとうございます。
グラフィックデザイナーの田村さんは「広告業界が、デザイナーが今出来ることを!」と、
復興のフリーペーパーを作ろうといち早く声をかけてくださいました。
その考え、思いでとても救われたように思います。
ので、転載しちゃいます、すみません
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被災地の状態はひどく、復興にはとことん時間がかかります。
僕らの街はそれほど被害も少なく、復興といっても倒れて壊れたものを買いなおすとか
その程度です。
なぜ、被害の少ない場所からこんな冊子を発信するのかというと
いづれ経済の状況も急速に悪化し、雇用などの問題も増えます。
購買意欲も薄れ、物がいずれ溢れても物が売れない時期がくると思います。それでは沿岸部の農業や漁業など生産者の多い地域の被災者の復興支援にはなりません。
災害地の方達が復興し、漁業や農業をまた始めても売れない社会状況では
また仕事を失っていきます。
だからこそ、被害の少ない地域の方は、被災地の人以上に街を盛り上げて
被災地の方たちの経済や生活の拠り所でなければならないと考えてます。
被害の少ない地域こそ誰かを助ける事のできる力を失わず維持し続ける事が
1年後2年後に被災地の方の大きな経済の助けになるのでは?と考えてます。
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そうか!そうだよね。
今、現地に行って物資を渡したりする「支援」はできない
それも、何年も続けていくなんて、私には経済的な体力もないから無理だ。
だったら、せめて仙台の経済をつぶさないように、、、
大きなことは出来ないけど、せめて親に心配かけないように私自身がちゃんと食べていかないと!
と。
母と電話してると逆に心配ばかりされる
「佐和はサラリーマンじゃないし保障とかもないから、、、」って。
この期に及んで心配させてしまってほんと御免!だ。
明るい母は
「いっぱい稼いで、お金貸してねー」って笑ってた
そうよねぇ、車も買わなきゃないし、畳も張り替えて、家電買い換えて、壊れたとこ直して・・・
ってたーーいへーーん!!
実際はそんなこと思ってもないんだろうけど
なんかお尻たたかれた気分。
しっかりせねば!!!
支援と復興は別物だということ
今日、田村さんと話して教えてもらいました。
私に今できるのは支援じゃなくて復興。だ!
帰りに、ちょっとだけど友達のお店などを取材して
地震後初めて会うひとたちと話をした。
みんな、それぞれいろんなものを感じているね。
この今の思いを大事にしたいなあと思った。
もっともっと、やさしい世界にしたい。
偶然会った友達が言っていたこと
「今まですべてにおいてナメテタよね~。
何も出来ないけど近くにいるひと、一人ひとりに優しくしてればいいんじゃない?」
と。
うむ!
ナメテタ今までを反省して
これからに繋げるののである!
仕事だけじゃなく、いろんなとこでいろんなプロジェクトが動き出してる!
そういうことを発信する友人が周りにいて幸せだよ
ほんと、みんな尊敬だす!
AZS!