約1時間後アランたちを乗せた車と護衛の車が列をなしてドレイク診療所を目指し出発した。
アランたちがドレイク診療所の前に到着すると先にジェイソンや青の熊の部下たちが車を降りて周囲の安全を確認する。
「さあ、着きました。ここです」
青の熊の案内でアランたちはドレイク診療所の前に降り立った。
「診療所は二階建てです。一階が外来部分。二階は手術を行ったりする手術室と入院患者の病棟です」
ひかりは思ったより大きな診療所に驚いた。
勝手に掘っ立て小屋に医者がいて診療しているような診療所をイメージしていたのだ。
三人は病院内に入る。
一階の外来には診察を待つ患者が椅子に並んで座っている。
突然現れたひかりたちを警戒しているようだ。
青の熊はそんな患者たちに現地の言葉で何か話している。
すると患者たちはひかりたちに口々に何か言い出す。
中にはひかりたちを拝むように両手を合わせるような人物もいる。
言葉の分からないひかりは戸惑う。
「皆にこの診療所を作ってくださった方だと説明しました。皆は「ありがとう」と言っています」
青の熊が説明してくれる。
ひかりは本当にアランの作った診療所がこの地域の人間にはなくてはならないものなのだと思った。
すると産まれて間もないと思われる赤ちゃんを抱いた母親がひかりに近付き赤ちゃんをひかりに見せながら何事か話す。
「ひかり様、その母親がひかり様から祝福を受けたいと言っています。赤ちゃんを抱いて赤ちゃんの額を撫でてあげてください」
青の熊は母親の通訳をしながらひかりに向かって話す。
ひかりは青の熊に言われたとおり、母親から赤ちゃんを受け取って抱いてみる。
ひかりは小さな命の鼓動を感じた。
そして赤ちゃんの額を撫でる。
母親はひかりを拝むように手を合わせる。
ひかりはなぜか涙が滲んだ。
こんな小さな命でも生きようとしている。
この子供が大人になる頃世の中がもっと良い世界になっているのを願った。
ドレイクヴァロがマフィア組織である以上綺麗ごとだけの仕事をやっているわけではないことはひかりも知っている。
日本にいた時に「組織」にいたからよく分かる。
ドレイクヴァロのために散った命も多いだろう。
だがそれと同時にドレイクヴァロに救われた命も多いのだ。
何が良くて何が悪いのか。
世の中は黒白ハッキリと別れているわけではない。
その中で人は生きていく。
産まれる場所を人は選べない。
だからこそそのことでその人の価値が決まるわけではない。
この赤ちゃんが黒人で貧困層に生まれたからといって不幸であるとは限らないだろう。
両親の愛情を注いで育てればこの子はけして不幸ではない。
だが周囲の現状はこの子の行き先に影を落とすかもしれない。
その時の道標の一つにドレイクヴァロがなってくれればいいと思う。
人は「マフィア組織のくせに偽善者め」とひかりを罵ることもあるだろう。
しかし自分の幸せは自分で掴むモノだし全ての人間に平等にチャンスはあるはずだ。
そこで選択肢を選ぶの自分。
ひかりはドレイクヴァロの次期総帥夫人になることを自分で選んだ。
そのことを誰かにとやかく言われたくはない。
ひかりは自分でアランと共に大空に羽ばたくことを選んだのだから。
この赤ちゃんにもそんな強さを持って欲しいとひかりは思った。
赤ちゃんを抱くひかりの姿を見ていた青の熊はひかりが聖母のように見えた。
だが情報でひかりの経歴は知っている。
光と闇の顔を持つ女性。
ブラックウェル貿易会社とドレイクヴァロ。
その両方に彼女は多大なる影響を及ぼすであろう。
青の熊の直感がそう告げていた。
「双頭の鷲様。よい配偶者を迎えましたな。彼女はドレイクヴァロの文字通り「光」となるでしょうな」
アランは患者たちに拝まれているひかりを見つめながら青の熊に言う。
「ああ、彼女こそ俺の横に立つ人間だ」
青の熊も無言で頷いた。
双頭の鷲が選んだ女性はやはり双頭の鷲同様に只者ではない人物のようだ。
診療所の視察が終わるとアランとひかりは次の地域リーダーに会うべく旅立った。