今から十年前赤の蛇の妹は白血病のため亡くなった。
 十分な治療を受けさせたつもりだがそのかいもなく妹は亡くなった。

 妹が亡くなった時に先代赤の蛇に言われた。「ドレイクヴァロを抜けてもかまわないぞ」と。
 先代赤の蛇は彼が妹のためにドレイクヴァロに入って仕事をしていると思っていたらしい。

 確かに最初はそれもあった。
 自分がドレイクヴァロの役に立たなければ妹を食べさせられないと思っていた時期もあったが妹が死んでも彼はドレイクヴァロに残った。
 その時には彼にとってドレイクヴァロは自分の中で生きる象徴のようになっていたからだ。

 妹が早くに亡くなったのは予定外だったがそれでも彼は昔助けてくれたクラウド総帥への恩を忘れたことはない。
 そして今は寝たきりの先代赤の蛇のためにも彼は赤の蛇として働くことが自分の使命と思っている。

 赤の蛇は戸棚の鍵を開けて中からお気に入りの白ワインを取り出す。
 そして一応毒が鑑定できる薬物を入れて反応を見る。

 毒物は検出されなかった。
 赤の蛇は白ワインを一口飲んだ。

「ワシちゃんの彼女は日本人だっけ。ワシちゃんの母親も日本人だったし日本人女性はそんなにいいのかねえ」

 ブラジルにも多くの日系人がいる。
 もちろん赤の蛇の部下にも日系人がいる。

 赤の蛇は人種差別はしないがドレイクヴァロのナンバー2の双頭の鷲の心を射止めた女性には興味が沸いた。
 赤の蛇は周囲の人間に結婚を勧められることもあるが全部断っている。
 地域リーダーが結婚してはいけないという決まりはない。

 だが自分はもし好きな女性ができてもその女性よりドレイクヴァロを優先する。
 理由はそれだけではない。

 双頭の龍の最初の妻の事件のことは赤の蛇も聞いている。
 ドレイクヴァロのトップの力があっても愛する女性を失うのだ。
 それが現実だ。

 それならば好きな女性には自分といるより平和な世界で幸せになってもらいたいと思う気持ちが強い。
 それに自分の跡継ぎ候補は既に決まっている。

 赤の蛇はワイングラスを置くと自分の隣にある部屋の扉をそっと開ける。
 中にはベッドがあり10歳前後の男の子が寝ている。
 一年ほど前にスラム街で倒れていたのを赤の蛇が拾った子供だ。

 スラム街で倒れている人間は珍しくないから彼もイチイチ助けたりはしない。
 だが、この子供の時は素通りできなかった。
 なぜと問われても困る。

 倒れている子供を見た時に赤の蛇の中で何かが囁いた。
 この子供を助けるべきだと。

 子供は医者の治療を受けて回復した。
 そして子供は自分を助けてくれた赤の蛇にお礼がしたいから何でも手伝いをすると言ってきた。
 なので赤の蛇はその子供に言った。

「治療費は「出世払い」で返してくれればいい。ドレイクヴァロの役に立つ人間になると言うならこれから先の生活費も出してやる。どうする? 坊主」

「分かった。ドレイクヴァロの役に立つ人間になる!」

「じゃあ、まずは勉強するんだ。そして組織のことを覚えろ。先に言っておくが途中で止めることはできないぞ」

「うん。僕で役に立つなら何でもするよ」

 子供は真剣な表情になった。

「そうか。ならまずは体を作るためにいっぱい食べて寝てそして勉強するんだ」

「はい。赤の蛇様」

 現在赤の蛇はこの子供を次代の赤の蛇にするべく教育をしている。
 この子供は赤の蛇の予想を覆すぐらいに頭がいい。
 勉強もどんどん覚えるし武術も教えているがなかなか筋がいい。

 いい拾い物をしたと思った。
 きっとこの子供は双頭の鷲の時代になれば地域リーダーとして活躍するだろう。

 地域リーダーを指名するのはあくまで総帥だ。だが地域リーダーは自分の跡継ぎとして総帥に次代の人物を推薦することは認められている。
 そして赤の蛇は経験上、地域リーダーになる者に必要な素質があることを知っている。
 
 ドレイクヴァロという組織への「絶対なる忠誠」がそのひとつだ。
 そしてその「忠誠」というモノは強制して身に着けることはできない。

 その人物が自分で心から「ドレイクヴァロ」に忠誠の気持ちを持たなければならない。
 この子供は自分と同じく命を助けられたことへの恩義をドレイクヴァロに感じている。
 それこそが最強の「忠誠」を生み出すのだ。

 子供が寝ているのを確認すると赤の蛇はそっと扉を閉めた。