ひかりたちは買い物から帰ってきた。
 するとケビンからアランが東館の私室でひかりを待っていると聞いてエドワードとジェシカにアランに呼ばれていることを話して慌てて東館に向かう。
 私室に入るとアランがくつろいだ姿で新聞を読んでいる。

「遅くなってごめんなさい。私に何か用事だった?」

 アランは新聞をテーブルに置くとひかりを手招きする。

「買い物お疲れ様。実は日本行きで一つ伝えておくことができてね」

 アランは自分の隣に座ったひかりを抱き寄せるとひかりの髪を撫でる。

「実はロシアのマフィア組織のキマイラが日本で不穏な動きを見せているという報告が地域リーダーから連絡が入った」

「地域リーダーってこないだ会った人たちね」

「そうだよ」

 ひかりは1月下旬から2月にかけて各地域リーダーに双頭の鷲の婚約者として直に会いに行ったときのことを思い出していた。


 今年の1月下旬。
 ひかりはアランに呼び出されて説明を受けた。
 ドレイクヴァロの双頭の鷲の婚約者として各地域リーダーに直に会いに行くとのこと。

 地域リーダーは全員で七人。
 世界各地にいるため世界一周するつもりで暑いところや寒いところがあるから両方の準備をしていて欲しいとのこと。

 ひかりにとってドレイクヴァロの次期総帥夫人候補としての初めての重要な仕事だった。
 地域リーダーはドレイクヴァロの柱である。
 彼らに双頭の鷲の婚約者として認められなければならない。

 地域リーダーはアランより立場は下だが発言力は大きい。
 彼らはクラウドからかなりの権限を委任されている。

 ひかりは内心緊張しながら準備を整えて地域リーダーに会うべくアランとアメリカを旅立った。




 南米ブラジル。
 一人の男が暗闇の中、スラム街を必死に走っている。

 汗だくになり心臓は今にも壊れそうなほどドクドクと高鳴っている。
 それでも走るのを止めない。

 男は追われていた。
 スラム街は小さな道が入り組んでいて迷路のようになっている。
 その中を必死に男は逃げた。

 もし奴らに捕まったら待ってるのは「死」だ。
 ゼイゼイと呼吸をしながらそれでも走り続ける。

 男は石に躓いて転んだ。
 男は後ろを振り返って追手がいないことを確認した。

「はあ、はあ、もう大丈夫だろう」

 男が呟いた瞬間耳元で声がした。

「つ~かまえた~」

「ヒッ!!」

 男は腰を抜かした。
 男が声のした方を見ると一人の男がいる。
 肩ぐらいまである茶髪に同じく茶色の鋭い目つきの男だが耳にはイヤリングをしていて半袖の黒いTシャツにジーパン姿で一見チャラ男風だ。

 男は彼が何者か知っていた。
 ブラジルの闇社会を生きる者で彼を知らない者などいない。
 男の瞳に「絶望」の二文字が浮かぶ。

「た、助けてくれ。俺は何もしていない!」

「何もしてない? お前がスラム街の子供を攫っては外国に売り飛ばしていたことは分かってるんだよねえ。しかもドレイクヴァロの名前でさ」

 そう言うとチャラ男は持っていたナイフを取り出す。
 チャラ男はナイフを手に自分の唇を舐める。
 獲物を捕らえた肉食獣を思わせる目つきでチャラ男は男を見る。

「そういうことされるとホントに困るんだよね。ドレイクヴァロの名前に傷がついちゃうからさ」

「違う! 俺じゃない!」

「へえ、じゃあ何で逃げてんのさ。やっていないなら逃げる必要ないだろう?」

 チャラ男はスッと目を細める。
 まるで蛇の目を思わせる目つきだ。

「た、助けて……」

 男は腰が抜けて立てないのか這いずって逃げようとする。

「ドレイクヴァロの人間をかたらなかったらもう少し長生きできたかもね。さいなら、クソ親父」

 チャラ男は這いずって逃げようとする男の髪を掴み頭を上げさせ首を反らすと持っていたナイフで一気に頸動脈を切る。

「ガッ」

 男は声にならない声を出し真っ赤な血しぶきを上げ幾度か痙攣すると動かなくなり絶命した。

「フン。ドレイクヴァロを敵に回してこのスラムで生きていけるわけないでしょ」

 チャラ男は血のついたナイフを舐める。
 人の血の味はチャラ男の興奮を冷やしてくれる。 
 そこへ黒づくめの男たちが現れる。

「遅れて申し訳ありません。『赤の蛇』様」