そしてある日アランから「武術をやってみないか」と勧められた。
 当時エドワードは十歳。
 だいぶ体は丈夫になってはいたがまだ持病の喘息で発作を起こすことがあった。

 アランは体に良い武術があるんだと言って「合気道」と「太極拳」を勧めてくれた。
 エドワードは半信半疑だったが勧められるままやってみた。
 しばらくすると体調に変化が出た。喘息の発作がほとんどでなくなったのだ。

 アラン兄さんの言ったことに間違いはない。
 エドワードはますますアランに近付きたいと思った。

 エドワードは母親のエリザとは幼い時に一度会っただけ。
 しかもエリザは精神を病み自分を十代の伯爵令嬢だと思い込んでるためエドワードという息子を産んだことも覚えていなかった。
 父親のクラウドに連れられて初めて会った母親のエリザはエドワードに微笑み言った。

「そのお子さんはお客様の息子さんですか?」

 エリザはエドワードだけでなく自分の夫のクラウドも認識できず単なる客人の親子と思ったみたいだ。
 エドワードはそんなエリザのことを「お母さん」とは呼べなかった。幼いながら「お母さん」と呼んではいけないと自分の中の何かが感じ取った。

 そして面会が終わった後クラウドはエドワードに言った。「お前の母はいない。そう思いなさい」と。
 エドワードは黙って頷いた。

 そんなエドワードだったから一番身近な家族はアランだけだった。
 父親のクラウドは年に数回しか本宅には帰らない。

 アランが「双頭の鷲」を名乗ってからはアランの留守中にしかクラウドは本宅に来なくなった。
 理由はドレイクヴァロの総帥とナンバー2が一緒にいて敵組織に襲われた時に二人とも死ぬことがないようにとのことだった。

 エドワードは父親のクラウドについては特に不満を持っていない。
  幼い内はアランに父親がいつ来るのか訊いていたがアランはいつも困った顔をして「分からない」と答えた。

 その意味はすぐに分かるようになる。
 ドレイクヴァロの勉強をしてみればいかに総帥が多忙かが分かったからだ。

 今もそうだがクラウドは自分の居場所を転々と変えるためいつ本宅に来るか分からない。
 正直エドワードは家族はアランだけと思っている。ウィリアムは年齢が離れ過ぎていたため身近な家族とは思えなかった。

 エドワードが物心つく前にウィリアムが本宅を出てニューヨークに暮らすことになったのも大きな原因だ。
 もちろんウィリアムは事あるごとにエドワードのことを気にかけてくれているのは知っている。

 だからウィリアムを憎む気持ちはない。
 感謝の気持ちはあるが家族の愛情とはちょっと違う気がしているエドワードである。

 そんな憧れの兄であるアランが去年の九月に日本で恋仲になったひかりを連れて帰って来た時には驚いた。
 それまでアランは社交界で女性にモテてはいたが特定の相手を作ることはなかったからだ。