歳を重ねると、昔は当たり前にできていたことが、少しずつ難しくなっていくのを感じることがあります



仏教には五蘊盛苦(ごうんじょうく)という言葉があります

だんだん老いていき、身体が思い通りにならない苦しみのこと


​「前と同じようにできない」


そんな変化に直面した時、私たちは不安や寂しさに包まれます



しかし、これは本当に悲しむべきこと?



昨日、五蘊盛苦について、古希になった恩師との会話の中で気付かされることがありましたニコニコ



​*重くなったアクセサリは、ただ外せばいい


恩師はとてもオシャレな人です

色鮮やかな服、華やかなアクセサリー、歩くたびに心が跳ねるお気に入りの靴

自分を美しく彩り、装うことを心から楽しんでいた時代があったと言います


けれど、年齢を重ねると、ふと気づく瞬間が訪れたそう

「なんだか指輪やネックレスが重たく感じる」

「装飾の多い服が、うっとうしく思えてきた」

それは決して、センスが衰えたわけでも、恩師自身が衰えてしまったわけでもありません


単に「その重みが必要ない段階に入った」という身体からのサイン


​重くなったなら、ただ外せばいいのです


必要のなくなったものは手放し、断捨離をする。手元に何もなくなることを恐れる必要はありません


むしろ「持たない人生」を軽やかに楽しむ、新しい扉が開いた、と恩師は言いました



​*肉体は衰えても、頭の中はどこまでも広がる

身体は確かに老いていきます。無理がきかなくなったり、できないことが増えたりも…

​しかし、その一方で「頭(心)」は若い頃よりもはるかに成長し、豊かな経験と智慧によって大きく広がっています



​若い頃には見えなかった物事の奥行きが見えるようになる。

一冊の本、一杯のお茶から、無限の想像を膨らませることができる


積み重ねてきた知識や思い出を組み合わせ、頭の中で新しい世界を構築できる



肉体の制限から解き放たれ、思考の深さや想像力の広がりを味わう時間——それこそが、成熟した大人だけに許された最も贅沢な「遊び」だとも恩師は仰っていました


​*五蘊盛苦の先にある、本当の自由


五蘊盛苦とは、諦めの言葉ではないのだなぁと、改めて気づいたんです


「肉体や目に見える世界への執着を手放すタイミングを教えてくれる道標」です


​外側を飾るのをやめ、内側の世界を遊ぶ

身軽になった心で、頭の中に広がる無限のキャンバスに思いを馳せる


​持ち物をひとつ減らすたびに、あなたの人生はまたひとつ、自由で深みのあるものへと変わっていきます。老いることは、失うことではなく、「より洗練された楽しみ方に移行すること」なのです



そんなことを、恩師との会話のなかで学びましたおねがい



水族館のクラゲたち
とても癒されました