
6月30日、野球部の練習に駆り出され、休憩してる時に一人マウンドに立ちピッチングの練習を始めた。
メンバーがすぐにキャッチャーをやってくれたので気持ちよく投げることができた。
お礼を言ってマウンドを降りた時、左足首のすぐ上を何かで激しく叩かれた。
周りに誰もいないので、すぐに「あ、またやった」と思った。
「叩かれた」と思うような衝撃を感じたのだ。
実は同じようなことが今回で3回目。
8年前、テニスの練習中に同じような衝撃を感じ、最初に左足の筋肉を切った。
痛みが激しく、アキレス腱断裂かと思ったけど幸いなことに筋肉の断裂だった。
その時診てもらった整形外科ではレントゲンも撮らずに触診?で判断しシップで自然治癒ということになった。
2ヶ月くらいだったか、完全ではないがほぼ回復した。
ところがその後またテニスの練習中に今度は右足をやってしまい、また筋肉の断裂。
同じくシップで治した。
両方ともかなり痛みはあったが松葉杖は使わないで2週間ほどでテニスをやっていた。
そして今回。
全く同じような衝撃だったため今回は病院に行かずに自分で治そうと思った。
よく、アキレス腱が切れるとき音がするって言うけど本当に音がするんだろうか?
音なんてしなかった。
今回は病院に行かないで自分で治そうと思った。
とりあえずは薬局でシップ薬を買い、冷やすことに専念した。
まあ1ヶ月くらいでは治らないと思いしばらく様子をみることにした。
怪我をするまでは週3回ほど10kmのパワーウォーキングをやっていた。
まだかなり痛みはあったが7月27日からとりあえず5kmを歩いてみた。
実はウォーキングを始める前日、西城秀樹さんの脳梗塞からの復帰の努力話しをラジオで聞いて、後押しされるような感じでボクも頑張ろうと意を決してウォーキングを始めようと思ったのだった。
1ヶ月過ぎ、さらに2ヶ月経ってもかかとを押し上げることができず、要は体を前に蹴り出すことができない。
【9月26日】
3ヶ月過ぎてこれは前と症状が違う、と思い病院に行った。
どうもアキレス腱が切れてるようだ。
MRIで診てみないとはっきりとはわからない、と言うことになり後日撮影専門の所で撮ってきた。
【10月3日】
MRIの写真を見てもらったら最初の診断通りアキレス腱が切れていた。
かろうじて筋のようなものが繋がっていたため足がぶらりとなることはなかったが、太い腱は完全に切れていて、時間が経っていてつなぐことはできない。
ふくらはぎの「ひらめ筋」と言う筋肉の一部を剥がして腱の代わりにする「アキレス腱再建術」と言う手術をすると言うことになった。
予定としては10月15日入院、10月17日手術、月末退院。
以降新規の記事はUPせずこの記事に追加していくことで記録することにした。
今回写真を撮ってみてこんなに違いがわかるのに...って思うが、ずっと腫れとむくみで足首が太くなっていてまさか切れているなんて思ってなかった。
素人判断は危険だけど、まあ過ぎたことは仕方ない。
あとは先生に任せることにして治療に専念することにしよう。
【10月15日】入院初日 10時入院

10時5分前に大きなバッグと紙袋を担いで徒歩5分の病院に入る。
すぐに入院手続きを済ませベッドに荷物を置き入院着?に着替えて胸部X線を撮り諸々の説明を受ける。変な人に当たらないようにあえて6人部屋を希望したが、現在ボクを含めて4名。ボクは窓際で全員隣り合わせにならないのでわずらわしさは感じない。
先輩の3人は面会の人がいたり寝てたりしてたので挨拶もしなかった。全員に挨拶ができたのは翌朝だった。
今日は施設や規則の案内を受け、定期的な検温や血圧、脈、点滴だけ行った。
入院で太らないよう食事は粗食を期待していたので期待通りの「粗食」だった。
昼はとろろそばとお稲荷が1個。
夜は鰆のチーズ乗せ焼きミックスベジタブル沿え、蒸しポテト、味噌汁
病院の9時消灯はかなりきつい。対面の若い人が遅くまで手元のスタンドを点けていたので明かりでずっと寝れなかった。安眠マスクは持ってきたが、夜中にゴソゴソ探すわけにもいかないので仕方なく我慢した。 パソコンの使用許可は受けたが18~20時だけとはきつい。今時?とは思うけど、緩めると守らない人が必ず出てきて周りに迷惑をかけるから仕方ないのかもしれない。
入院とは治療と退屈との闘いだ。
【10月16日】入院2日目 手術前日
今日は丸1日何もすることがない。
本を読んだり隠れてメールやったり...
午後になってやっと手術の説明があった。
内容は概ね飲食についてだ。
今日、対面にいる若い人が話しかけてくれた。
運動で鎖骨を折って手術をしたとのこと。
色々と教えてくれた。
ここの食事については味付けの悪さについて愚痴をこぼしていた。
確かにおいしくない。
味付けが下手なのだ。
明日は一日食事抜きなのであさっては多少まずくてもおいしく感じるだろう。
4時半、最後のシャワーを浴び、5時最後の食事を済ませる。
あとはコーヒーでも飲んで空腹を癒し、明日を待つことにする。
【10月17日】入院3日目 15時30分手術
今日は手術日。
食事抜き、飲み物は午前中だけ。
13時30分、トイレを済ませ手術前の点滴を始める。
ネットで調べたら「乳酸加リンゲル液」と言う薬品なのか...
→乳酸加リンゲル液
とにかく時間がかかる。
予定では全身麻酔だったけど、手術室に移動するときに下半身の麻酔にしましたとの通告があった。
いよいよ手術台に乗り慌しく準備をする中、麻酔の担当の人が脊髄に麻酔を打つ。
痛みとは違う衝撃がピリっと走る。
ああ、とうとうやられた、と思った。
尿管を入れられたころから意識も遠のいた。
「123」の号令でどこかに移し変えられた時に意識が戻った。
朦朧としていたが、すぐに自分のベッドとわかり、時計を確認しておいた。
17時45分。
約2時間の手術だった。
手術中からとっても気持ちがよかった感じがした。
意識が戻ったときには何故かレディーガガの「the edge of glory」を脳裏で何度もしてたのには驚いた。
気分が良かったに違いない。
しばらくしてまた点滴を行いあとは消灯をまつ。
ところが...
23時ころからか、すっかり麻酔が切れて傷口と腰が痛くなった。
ちょっと寝ると収まるがそんなに眠くならない。
6時45分に検温があり、朝まで七転八倒していたことを話したら、言ってくれれば座薬を出したとの事。
先にそれを言ってほしかった。
とにかく痛い夜だった。
【10月18日】入院4日目

3時、4時、5時...
やっと長い夜が明けた。
今日はいつもよりちょっと早い6時半の検温だ。
昨夜の痛みを言ったら「言ってくれたら座薬を出したのに」...
早く言ってほしかった。
尿管が入っているおかげでトイレが近いボクには尿意が全くないので助かった。
朝食をとり点滴、回診が終わり、体を拭いて尿管を外してもらった。
しばらくは尿はベッドでしなければならに。
便は足を上に上げておく「板付き車椅子」で専用トイレに行かなければならない。
車椅子とトイレの使い方の指導を受けたが使いたくなかった。
夕方の回診まで尿意便意がなかったので使うことはなかったが、若い先生がトイレくらいだったら松葉杖で大丈夫だよ、って言ってくれたので助かった。
でもナースセンターには板付き車椅子の使用が変更になっていなかったので、巡回に来る看護士さんたちは一様にベッドでの排尿と車椅子の使用で注意された。
看護士さんの勤務は3交代のため看護や治療の元帳?が書き換えられないと統一されないのだろう。
最初に変更になった時の看護士さんが申し送りしないと全員には伝わらないのだ。
今日から普通の治療に入る。
傷口はまだ傷むが、これから先はのんびり治療を受けていくことにしよう。
おいしくない食事も少しずつ慣れてきた。
夕食が早いので朝が待ち遠しい。
【10月19日】入院5日目
病院の朝は異常に早い。
やっと朝かと思えばまだ4時前。
うとうとして何とか6時くらいまで経ってくれた。
検温、食事、回診が終わりまたじっと傷の治りを待つ1日の始まりだ。
今日は隣の推間版ヘルニアで来月中旬に手術する患者さんが一旦退院することになった。
再入院するのと、手術後に使えるんだったらと、ボクが買った未使用の浴衣(寝巻き?)を1着もらってもらうことにした。
短いお付き合いだったけど、退院のとき奥さんがボクがしょっちゅうコーヒーを飲んでいるのを見ていたらしくコーヒーセットの差し入れをしてくれた。
それだけではない。
薄手の半そで半ズボンのトレーナー姿を見て、寒くなりそうだからとフリースのパジャマまで差し入れてくれた。
入院の際、院内は暑いんじゃないかと思い、せっかく買った長袖のトレーナー2着は持ってこないで家に置いてきたのだ。
ああ、変なものを譲ったばかりにこんなにお返ししてもらって、かえって申し訳ないことをしてしまった。
手術後、ギブスで固定された患部は枕の様な台に乗せておくようにしていた。その枕状の台のほかに「土のう」のような小さな布袋が2個置かれてあった。
ただ一緒に置いてあるだけだったので随分時間が経ってから何だろうと思って聞いてみたら「シコツ神経が麻痺しないように台に使うんですよ」って言われた。
膝の外側を押さえて、ここの「シコツ神経」を圧迫してると足の先が麻痺してしびれたり動かなくなるんで、膝が外側に向かないように台を斜めにするために置いている、と言うのだ。
手術後に最初にセットしても寝ること自体苦しい状態で足を乗せておく台や布団を跳ね除けてしまう状態なので、いつの間にか「土のう」はベッドの上の異物となっていたのだ。
「シコツ神経」...
これはあとでググってみたら「腓骨神経」、”ひこつ神経”だった。
その神経がギブスや寝ているときに膝を外側にして圧迫していると抹消に行く神経が麻痺してしまい、最悪だと生涯つま先が上がらなくなる状態になるそうだ。鍼灸などの東洋医学で長期に渡って治療しても回復しないことが多く、治らないと歩行中につま先が引っかかり転倒するような状態になる、と言うのだ。
腓骨神経麻痺→こちら
これは回復が困難な症状で、注意しないとすぐに起きてしまう厄介なものらしい。
病院としては過失を問われるような障害なので絶対に防がねばならないことなのだろう。
でもせめて巡回する先生や看護師さんは説明しておいたら患者も少しは気を使うだろうと思う。
回診のとき先生は必ず最初に足のしびれを確認する。
それくらい気を使うんだから「土のう」の役目をきちんと説明しておいたほうがいいんじゃないだろうか。
【10月20日】入院6日目
3時40分にトイレに起きてからどうしても眠れなかった。
4時半を過ぎたところでもう寝るのは諦めた。
とは言えまだ朝の支度には早過ぎる。
読みかけの内田康夫さんの小説を読んで明るくなるのを待つことにした。
内田康夫さんの本は殆ど読んでいるので読んでいないのを見つけると嬉しくなって買ってしまう。
今読んでいるのはだいぶ前に古本屋で見つけた「13の冥府」だ。
でも今回のは第1章がとても読みにくく、ボクの頭では思うように読むことができない。
子供のころから大の苦手だった。
一例として...
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お茶を飲みながら、浅見は皇祖皇太神宮の由緒書きを読んだ。
知れば知るほど面白い。
皇祖皇太神宮(スミオヤスミラオオタマシイタマヤ)は宇宙開闢(かいびゃく)の神皇、天地身一大神(アメツチマヒトツノオオカミ)から天御光太陽貴王日大光日大神(アメミヒカリオオヒナカキオウヒオオテルヒオオカミ)までの天神7代、天日豊本葦牙気皇主身光大神天皇(アメヒノモトアシカビキミノシミヒカリオオカミテンノウ)から26朝1168代、そして神武朝の現代まで(神武~昭和)の代々の天皇、皇后を合祀したお宮───と説明されている。
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こんな感じだ。
本当に読みにくいし、流れが掴みにくい。
途中まで読み流してからまた最初から読み直したほどだ。
こんな小説が1回でスラスラ読める人がとってもうらやましい。
今日も朝夕の点滴以外特別な治療はなかった。
体調も変化はない。
松葉杖使ったあとに脇の下と傷口が痛くなるくらいだ。
すっかり病院の食事にも慣れて粗食になった気がする。
帰ったら粗食の生活ができるかもしれない。

【10月21日】 入院7日目
5時起床...実際は4時からウトウト。
今日は6時半から採血がある。
前回10月3日の採血で血糖値が少し上限を越えていた。
やはり日ごろの甘いものが影響したのかな?
入院してからは病院の食事以外は食べていないので今回は正常値に収まってくれてると思う。
今日の朝と夜ので最後の点滴だ。
5日間ずっと右腕に点滴用の針を刺しっぱなしだったので点滴はいちいち怖さはなかった。
そいて今日の夜注射針が抜かれるのギブス以外は身軽になる。
人間が出す音で色々不快な音がある。
おならやげっぷ、くしゃみ、咳、鼻をかむ音、トイレの最中の音やうなる音など...
まあ誰でもある程度は音の大小はあるけど仕方のないことだ。
でもすべてが決して気持ちがいい音でもないので、なるべく音が聞こえないように、普通の人は周りの人や家族にまで気を使っている。
病院のように24時間生活を共にしていると色々な音が聞こえてくる。
年齢がいっている人もいるし、車椅子用のトイレもドアがないのでトイレの音もある程度は仕方ないし意外と不快にならない。
ただ、ボクがどうしても不快でならない音がある。
ものすごい音を出して痰を切るのが不快でたまらない。
「カァーーッ」...
こんな人が今どこかの部屋に一人だけいる。
ほんとトイレでも、洗面所でも、廊下でも、どこでもやっている。
トイレや洗面所では吐く音がプラスされる。
吐く音まで拡声してる。
パブリックスペースでもそうしてるから家では当然やっていると思う。
家族は慣れてしまっているのかもしれないが決していいと思ってはいないと思う。
唾も道路では絶対吐かない。
よくスポーツ選手、特にジョギングしてる人が平気で人が通るところで唾を吐く人がいるけどとんでもない迷惑な行為だ。
スポーツしてるからいいんだ、みたいに平気でやっているけど、冗談じゃない。
唾や痰を切る手段はマナーなのではないだろうか。
痰が絡んだら咳き込めば治るし、唾を溜めたり吐くのも癖だ。
マナー違反だと思えば抑えることができるし癖も治る。
家で教わらなかったような人には若いときに先輩が注意してやれば簡単に躾けられる。
女の人はそんな風にするだろうか。
女だって唾も出れば痰も絡む。
こんなに不快に思う人間がいることを考えてほしいものだ。
ああ、こうして書いている間にもまだやっている。
今40分ほど遅れてやっと最後の点滴が始まった。
いつもは夕食後コーヒー1杯を飲み干せずに点滴が始まるので、最近はコーヒーを飲まないで横になって待つことにしている。
40分も遅れると小一時間横になっていることになる。
今日は長かった...
【10月22日】 入院8日目
4時55分起床
夜本を読むだけでは中々時間が経たない。
HDDに映画を入れてきたが画面が小さいので観る気にもならない。
22時ごろは時間を過ごすのに少々疲れて仕方なく横になり睡魔が来るのを待つようにした。
そんな状態なので寝込んでしばらくして朝かと思って起きてもまだ1時だったり2時だったり...
それからまた本をめくって睡魔の来訪を待ちやっと朝になる。
今日は洗顔・洗髪、身体を拭いたりTV台になっているワゴンの整理と掃除をした。
今日対面のベッドに新しい患者さんが入院するので朝からガサゴソできるのも今朝までだ。
それからゆっくりコーヒーを飲みPCを立ち上げニュースを読む。
でもまだ暗い。
7時に検温を済ませ食事をしカーテンで隠すようにしてネットしてる。
貧しい食事だけど、いくつか小鉢やおかずを参考にさせてもらっている。
味付けなどではなく病院食のように何十食かを作る作業性のことだ。
ボクは去年ひとりになってから毎食自分で作っている。
隔日勤務なので自宅で2食、外では弁当2食。
1日2食派なので都合2日で4食だ。
家食?で毎回作っているのに大盛りの野菜サラダがある。
結構面倒。
キャベツ、大根、人参、玉葱、あれば胡瓜など、の細~い千切りを混ぜたものを台に、天にポテトサラダやマカロニサラダ、ツナサラダ、蕪や玉葱などのサラダを盛るが、野菜の切り出しだけでも結構時間がかかる。
キャベツや人参・大根は10cmの大きいピーラーでサクサク切るので簡単だけど、色々な切り出しや天に盛るサラダ作りまで含めると、この1品だけでだいぶ時間がかかってしまう。
それで今回思いついたのは大根・人参のカツラ剥きや玉葱の切り出しはある程度たくさん切って酢水に浸けて保存ができるのではないだろうかという事だった。
ものによっては火を通して浸しておけばいつでもさっと水洗いするだけで和え物にも使える。
もやしだって可能かもしれない。
そう思ったのは、病院の食事のメインのおかずや小鉢に使う人参・玉葱などは毎回切り方が同じなのだ。
最初面白いと思ったけど、あ、これって保存しておけば必要な時に使えるって思った。
病院では衛生の管理上無理かもしれないけど、家庭だったら平気だ。
保存には酢水がいい。
ボクは家食でも弁当でも低カロリーの料理を作っているので歯ごたえのある野菜を使うことにしているが、そのひとつに筍の水煮がある。
元々のパック入りの水煮2個を縦に5mm幅に切ったものを水で煮、そのまま冷ましたら酢を足してタッパに入れて保存しておくく。
これで2週間くらいはもつ。
それで今回は他の野菜でも可能かもしれないと思った。
家での食事はサラダの他に何品か作ると1時間以上。
さらに翌日の弁当2個分の下ごしらえなどを入れると料理だけで2時間くらいはかかってしまう。
料理が好きだからいいけど、時間がもったいない。
帰ったら早速実践だ
今日入った人は昨年末、足首の骨折で手術をして、今回は中に入っている金属をとる手術で再入院ということだった。
同じ歳ほどの人で話しがしやすい。
でもお互い過ぎないようにアウンの呼吸で気を使っている。
今日は昼がマーボーラーメン、夜はアジフライだ。
いつもとちょっと感じが違う。
味もしっかりしている。
どれも統一した味付けで、いつものように種類によって濃さがバラバラじゃない。
たぶん作っている人が違うのだろう。
土曜なのでチーフが休みで部下が作っているのかもしれない。
今日のほうが汁物と小鉢のコクが一緒だし、おいしい。
丁寧さが感じられる。
女の人なんだろうか。
こんな風に思って食べているのはボクだけかな?
今日は初めて"まともな"食事をした感じがした。

あと残されたイベントは消灯だけだ(*^o^*)
【10月23日】 入院9日目
5時13分起床。
今日も朝だと思って起きたらまだ1時過ぎだった。
毎日夜は長い。
昼間は絶対寝ないようにしてるんだけど、歳のせいなのか夜も長く寝れないようだ。
病院って朝が早いって言うけど今日もまだ誰も起きていなかった。
ボクは髭剃りと洗髪があるので2、30分はかかるので助かるが、他の患者さんはあまり時間をかけないようだ。
病院でも多分テレビはあまり観ないだろうと思ったが、時間が有り余っているときの時間潰しにと、テレビカードは買っておいた。
昨日はまた時間が長いと思って土曜ワイド劇場を観る予定でいた。
山村美紗さんの狩矢警部シリーズで、以前よく観ていたので番組表見て久しぶりに観たくなった。
でもちょっと期待はずれ...
赤い霊柩車シリーズなどもそうだけど、作家の娘さんのおふざけ振りがどうもボクの性に合わないみたいだ。
決して嫌いなわけではないんだけど。
今日も何の治療もなく一日大人しくしていなければならなかった。
時々昨日入院したお向かいの人と世間話しをしたいた。
お互い話しを合わせているところもあるが、政治や経済などについても同じくらいのレベルなのでとっても話しがし易く結構楽しかった。
そのお向かいさんは明日の午後手術だ。
ボクは明日一旦ギブスを取り執刀した先生が傷口をチェックする。
ギブスを切るのは看護師さんがやるらしいが、のこぎりの音がびっくりするほど大きくて怖いらしい。
看護師さん、「怖がることありませんよ」だって(*^o^*)
それから手術したときの患部の状態や実際に施した内容について詳しい説明がある。
執刀された先生は週に一度なのでボクが直接聞けるのは1週間後ということになってしまうのだ。
記録を残すためにたくさん写真を撮っているということなので見せてもらえたらいいなと思っている。
今日はとっても天気が良かった。
わが街は25.9℃。
久しぶりの夏日だ。
窓を全開にして思いっきり秋の空気を吸い込んでいた。
気持ち良くてウトウトしたが夜が怖いので我慢我慢p(^o^)q
ホント入院してるのがもったいない。

昨日も書いたけど、やはり昨日と今日は食事を作っている人が違うようだ。
今日もしっかり味付けされていておいしかった。

【10月24日】 入院10日目
5時50分起床
今日は担当の先生の回診でギブスを開く。
ボクもどんな手術だったのか興味あったし傷口も覗いてみたかった。
13時30分、対面の人の手術が先に行われたが、プレートの取り出しなので14時15分に戻ってきた。
次は多少のインターバルでボクの番。
かと思ったが、他の患者さんの回診もあったので随分待ったされた。
以下がギブスのカットの様子と縫った傷口の一部、再生手術の概要だ。
本当は手術中の写真もあるようなので見せてもらいたいんだけど、そこまでは話せなかった。





↓↓↓(拡大)

こんな感じの手術だ。
実際にはもっとかかとのほうなので時間がかかったようだ。
でもこの離れた状態が、やがてはちゃんと再生するらしい。
人間の身体って本当にすばらしいと思う。

もう一度ギブスを巻き直し、次回から赤い線のところだけを切って消毒する

またいつもの食事に戻った。
やはり土日の担当の味付けと明らかに違いがある。
感じ一文字で表すと・・・「雑」
あ、お世話になっているのにすいません。
ごちそう様でした。

【10月25日】 入院11日目
5時05分起床
毎日朝までがとても長い。
一度途中でトイレに起きたりしたら、何も聞こえないインナーイヤホンを両耳に強く差し込み、アイマスクをしてから仕切りなおしてから寝る。
それでも5時ごろには目が覚めてしまう。
若いときには何時間も寝れたし、しょっちゅう寝坊してたのに...
明日はギブスに消毒できるだけの穴を開けて消毒をする。
カッターが怖いので、どうか恐怖感を与えないような器用な看護師さんがやってほしいと祈っている。
決して肉まで切れはしないんだけど、不必要に肉に押し当てていると切れてしまうような感じがするし、昨日は「アチチッ!」て具合に刃先が熱くなって皮膚に押し付けられることになる。
「そんなに肉に押し付けないで下さいよぉぉ~」って足を引っ込めてお願いしたくらいだ。
今日の食事

【10月26日】 入院12日目
4時52分起床
ちょっと寝不足気味だけど起きることにした。
消灯が早いのであらかじめ映画を観れるようにHDDに入れて持ってきていた。
一昨日は真夜中に9インチの小さな画面で「ゴースト」を観て感涙していた。
でも昨夜のトニー・レオン、金城武の「傷だらけの男たち」はちょっと流れがわかりにくくて全然期待外れ。
画面が小さくて字幕が読みにくいのもある。
病院でこっそり鑑賞するには単純なもののほうが時間も早く流れていいのかもしれない。
今日は傷口の消毒のため部分的にギブスを切り開いた。
今日もギブスカッターの熱が傷口の脱脂綿上に当たった...「アヂッ!」
「お願いしますよぉ・・・」
ホント切るときって怖いデス。
くるぶしの切り口を初めて見た。
見たことないけど、司法解剖の切り口ってこんなんじゃないだろうか。
ちょっと怖い感じがする。


今日の食事

【10月27日】 入院13日目
4時59分起床
夜な夜なギブスの中の虫が疼いて睡眠の邪魔をする。
そうでなくても眠れないのに...
昨日午後にひとり入院したが、挨拶する間もなく今日知らない間に退院していた。
代わりに高校生が母親に付き添われて救急で入院してきた。
腕を折ったようだ。
看護師さんが話しているのが聞こえたが何で折ったのかまではわからない。
はっきり聞こえたのは身長が184cmと言っていたことくらい。
大きい。
運動中の怪我だろうか。
すぐに手術の準備をし、しばらくして手術室に向かって行った。
それほど時間はかからないで帰ってきた。
しばらく静寂が続いていたが、麻酔が切れてからうなり始め、「イタイイタイ」と「ママ」に泣きついていた。
す~~~っと泣き言言っている。
もう聞いているのがたまらない。
聞いていられないのでPCのラジコで目一杯ボリュームを上げてずっとヘッドホンをして過ごしている。
何時まで泣いているのかわからないけど「ママ」もいい加減に叱ったらどうか。
ボクの相棒(もうひとりの同居人)もずっとラジオを聴いたりテレビを見て世間話しもできない状態だ。
先が思いやられる...
今日も治療もなく時間が長かった。
昼間もギブスの中の虫が動くようになった。
明日から虫の動きが活発になるんだろうか...
今日の食事

【10月28日】 入院14日目
5時28分起床
夕べはギブスの中の虫はおとなしくしていたので、寝つくまでは相変わらずきつかったけど比較的楽な夜だった。
今日もこれと言った治療はなかった。
隣のコンビニに行きたくて外出許可を申し出たが、靴を持ってこなかったので許可が下りなく、同室の人に買い物を頼んだ。
以前のボクだったらこっそり抜け出したんだけど、今はすっかり落ち着いて、ちゃんと言うことを聞くマジメ人間になっている。
今日の食事

【10月29日】 入院15日目
4時35分起床
ちょっと早すぎるけど、寝てても仕方ないので起きることにした。
毎朝他の患者さんが起きてくる前に、髭剃りや洗顔、シャンプーを済ませることにしている。
のんびりやっているのでみんなが起きる時間だと迷惑をかけるからだ。
ベッドに戻り着替えや身体を拭いたり...
ガサゴソと身の回りの掃除や整理したり...
そしてコーヒーを飲み、ネットでニュースをチェックして夜明けを待つ。
大体これがボクの朝の日課だ。
入院2週間ともなると看護師さんたちとも気心が知れるようになるし、ある程度のことも無理がきくようになる。
こうなってくると軽い治療だけの入院生活も遊びの感じがしてきて会社に対して後ろめたさも出てくる。
来週はじめに退院できると思って看護師さんにこれからの予定を聞いてみた。
来週早々には退院できるものだとばかり思っていた。
ボクもうかつだったが来週月曜日にギブスを外し、装具?を作るための寸法などを測り、出来上がりが1週間かかり、それからリハビリをして、外を歩けるようになってから退院だと言う。
つまり退院はだいぶ先で、11月中旬くらいになりそうだ。
今日の食事
今日は土曜日。
期待通りおいしかった。
と言うよりちゃんと味がついている。
先週も書いたが、土日はいつも調理する人と違い、しっかり味付けしているのだ。
調理そのものも丁寧なのだ。

【10月30日】 入院16日目
4時38分起床
本当は3時半から目が覚めていた。
昼間ウトウトしたけど、体力使っていないのでそれほど眠くならない。
病院の日曜日は一部業務が休みなので平日ほどの慌しさはない。
新しい患者さんは平日との違いは感じないだろうが、働いている人にとっては休日出勤なのだ。
何も治療は受けてないが、平日と違って静かに感じるのでのんびりできる。
おかげで食事の感覚が長く感じた。
いよいよ明日は担当の先生がギブスを開いて傷の治り具合を見てくれる。
本音を言えば退院とリハビリの予定はある程度把握したいと思っている。
ボクのワンパク振りを知っているから、意外と「うん、もう大丈夫!」って言われるかもしれない。
でもだいぶ楽しちゃっているので、ずっと入院しているのが一生懸命働いている同僚たちに申し訳ない気持ちで一杯だ。
今日の食事。
満足ではないが味がついているだけ良しとしよう。

【10月31日】 入院17日目
4時44分起床
昨夜は寝苦しくなく良く眠れた。
途中起きた時に他の3人で大合唱中で、ボクも目覚める前は4人で合唱してたんだろうか...
他人のことは言えない(と思う)が、とにかく夜は賑やかなので常時インナーイヤホンを強く耳に差し込んでラジオかポッドキャストを聞いて寝ることにしている。
今日は携帯のボイスレコーダーで自分のいびきがどの程度なのか気になるので朝まで録音してみる。
結果報告は明日{{s86}}
今日は担当医の来院。
ギブスを外して抜糸できるかを診る日だ。
まだ一部、厚いかさぶたが取れないので抜糸は次回と言うことになった。
ギブスを巻く前に装具の型取りを行った。
どの色にしますか?とカラー見本を見せられたが派手なのは避けて黒にした。
石膏の包帯を膝から爪先まですっぽり巻いてボク専用のプロテクタの型を取る。
出来上がりが1週間で5万3千円。
医療関係のものは結構値が張ると思ったが7割は保険が戻ってくる。
次回担当の日(7日)にになるかわからないので8日に退院することにした。
今日の食事
昼食はカレーだった。
看護師さんの話しだと珍しいらしい。
