今年は秋を通り越して冬になってしまうみたいですが、
先日通った駒沢公園は、徐々に木が色付き始めましたもみじ








ここは昔からスケートボードの練習場所でしたが、

東京オリンピックの開催で正式競技になってから、

すっかり整備されましたビックリマーク




実家の庭にも、柚子とミカンが実を付けていましたオレンジ










今年は夏の間の雨が少なくて、

日がたくさん注がれて、

ミカンが割れてしまう実が多くなってしまいましたあせる



そんな割れた実が多かったですが、

この実を見ると秋が来たと感じますもみじ

津和野にある稲成神社。

「稲荷」という字を用いている神社が多い中、

「稲成」の字を用いている神社は珍しく思いました。



境内の入口から山を上って行く神社のようで、

機関車の通る線路の上の方には、
たくさんの幟と境内が見えました目



時間の関係で神社まで行かれなかったのが、

残念でしたあせる



八坂神社系列で奉納される、伝統舞踊の鷺舞。



京都の八坂神社などでも奉納されるそうですが、

今日では鷺舞というと、

津和野の鷺舞を指すことが多いそうです。



昔、この鷺舞を観た記憶があるのですが、

記憶違いか、思い出せません。

この鷺の羽のような衣装に、

記憶があるような、ないような!?












この門は、1853年の大火後に建てられた門だそうです。







メインストリートの殿町通りには、

至る所に昔の建物が並んでいましたが、




建物の脇には堀割りがあり、

建物の中に入る時は、小さな橋を渡って行く造りが多かったです。


その堀割りには鯉がたくさん泳いでいて、




1匹1匹が大層大きくて、

地元のガイドさんが話していたのを聞くともなしに聞いていたら、

この堀割りにいる鯉は、メタボの鯉なんだそうです。


思わず納得してしまうくらい、大きかったですにひひ







島根県産の石見(いわみ)ポークの豚丼をいただいたり、




お茶に入った喫茶店で、




この喫茶店の奥さんに東京から来たと話したら、

源氏巻と言われる、

津和野の銘菓で、カステラにこし餡を巻いてあるお菓子を、

サービスに出して下さいましたビックリマーク




楽しい時間はあっという間で、

美味しい源氏巻をいただいた後は、

山口宇部空港まで2時間半の移動をして、

帰路に着きました。


去年、山口を訪問した時は、

河豚を食べに行ったり、

「いろり山賊」へ行ったりしましたが、

今回は行かれなかったので、

空港のレストランで、

河豚と鯨の刺身を食べて来ましたビックリマーク


河豚は美味しかったのですが、




鯨の刺身は解凍が十分ではなくて、

シャリシャリ凍っていたり、

箸で摘むとポロポロ形が崩れてしまったり、



久しぶりに食べるので楽しみにしていましたが、

Not Good でした汗



それでも、行きたかった所は行くことが出来て、

大満足の夏休みになりましたニコニコ





今回の旅の目的は、
津和野にある、「津和野カトリック教会」を訪問することでした。










高校生の頃に遠藤周作さんの本を読んで、
その中に、「女の一生 一部 キクの場合」という作品があり、
深く感銘を受けました。

長崎の商家へ奉公に出てきた浦上の農家の娘キク。
活発で切れながの眼の美しい少女が想いを寄せた清吉は、信仰を禁じられていた基督教の信者だった……。
激動の嵐が吹きあれる幕末から明治の長崎を舞台に、
切支丹弾圧の史実にそいながら、
信仰のために流刑になった若者にひたむきな想いを寄せる女の短くも清らかな一生を描き、
キリスト教と日本の風土とのかかわりを鋭く追求する。

その話の中に、
棄教をさせるために連れて来られたキリスト教徒 153人が津和野のお寺に幽閉され、
拷問を受ける様子が描写されていました。

津和野の駅の裏山に乙女峠と呼ばれている所があり、
その峠に、拷問に使用された「三尺牢」が再現されていることを知り、
高校の頃から、“いつか津和野でそれを見てみたい” と思っていました。



(写真はお借りしました)


雪の中に三尺牢に閉じ込められた若者

毎夜マリア様の御影が頭の上に現れて、話しかけられていたという話を、

心配でこっそり会いに来た他の信者に話していたそうです。


実際に写真を見てみると、想像していた牢とは違っていて、
座れるくらいの高さがあることがわかりました。
sarurin は、
四つん這いで過ごさないといけないくらい、小さな牢だと思っていました。


実は、ずっと牢を見てみたいと思っていたのですが、
この旅行が決まってから変な胸騒ぎがして、
乙女峠にも行くのが怖く感じてしまい、
教会の資料館で資料を読むのが精一杯になってしまいました。

ただ、この資料館の記述だけでも、
棄教をさせるための拷問の惨さを知ることが出来ました。
衝撃は受けましたが、
実際にあったこととして、受け止めました。

乙女峠には、「マリア聖堂」があるそうですが、
そこへも行くことが出来ず、
代わりと言ってはなんですが、
津和野カトリック教会でお祈りをしてきました。


津和野カトリック教会は畳敷きで、驚きました。





また、この教会の資料館には、

長崎で被爆した、放射線医学の研究者で作家でもある、

永井隆さんの直筆の原稿なども展示されていました。





以前2回ほど、永井隆さんが闘病されていた「如己堂」へ行ったことがあるのですが、

まさか津和野でも永井隆さんの原稿があることが知れて、

津和野まで足を伸ばしてよかったと思いました。

今回の旅で使わせていただいたレンタカーは、
トヨタの「YARISU(ヤリス)」
快適な旅のお供でした合格





そして、初めて足を踏み入れた、島根県へビックリマーク

今の連続テレビ小説「ばけばけ」の舞台になっている所ですね。





萩を出た時は曇り空でしたが、

約50キロの道中、

雨がシトシト降り始めましたあめ


途中休憩した、道の駅「なごみの里」。

神話の国と言われている島根県らしく、

山に霧が掛かっているのも神々しく見えましたキラキラ




目的地に着きましたビックリマーク





鉄橋を、今もSLが走っていますDASH!

(土、日などの休日が主だそうですが。)





(写真はお借りしました。)



城下町に聳え立つ、教会の屋根




この旅の1番の目的、「津和野」へやってきましたビックリマーク




萩・津和野と、

対になって表現されることも多いので、

津和野は山口県だと、ずっと思っていました汗

去年山口を訪れた時に、

津和野が島根県だと知りましたあせる



お昼ご飯に新鮮なお刺身や天麩羅をいただいたので、
夜ご飯はあっさりした物を食べようビックリマークと思い、
ホテルの近くを探しました。
(というか、あまり選択肢がなかったと言うのが本当のところですがあせる


可愛いランプが目に入り、




「ちゃんめん」という響きに惹かれて、

長崎ちゃんぽんのお店に入りました。




野菜たっぷりの美味しいちゃんぽんでした合格





このお店は初めて聞く名前だなぁ〜と思って、

東京にもあるかなぁ!?と検索してみたら、

1軒あったみたいですが、閉店していましたあせる


このお店、「長崎」と謳っていますが、

長崎には店舗はなく、

山口県、広島県、島根県、岡山県にしか店舗がないようです




食後はホテルの部屋で、

青いソフトクリームを食べたお店でプリンを買って来たので、

いただきましたニコニコ



右側は普通のプリン。

左側は青いプリン。

ラムネのジュレが上に載っていますビックリマーク



プリンとジュレの部分を別々に食べたこともあり、

どちらもとても美味しいプリンでしたニコニコ


このプリンのお店は萩では有名なお店だそうですビックリマーク


萩 プリン亭

https://hagi-purin.com/



次の日のホテルの朝食のメニュー。

朝から最高の栄養バランスで、

毎日こんな朝食が摂れたらどんなにいいか、

と思いながらいただいていました割り箸




時間の関係で「萩城址」には行かれなかったので、
写真をお借りして。






「萩しーまーと」から車で10分くらい移動すると、
世界遺産に登録されている、
幕末に産業化を目指した当時の産物がたくさん残っている、
城下町があります。





高杉晋作さんの生家や、




約400年前の江戸時代初期に建てられた、

豪商の邸宅「菊屋家住宅」。

元々は武家の家柄だったそうですが、

初代となる菊屋友味が毛利輝元に 従って萩に入り、萩城築城の際には有力町人として支えました。





こちらも菊屋家の所有物





菊屋家の庭園

2つの庭園があり、

この庭園は明治時代の回遊式庭園で、

春と秋に特別公開されるそうです。




菊屋家見取り図





この辺りはずっとこの光景が続いていて、

幕末にタイムスリップしたみたいでした。








何年前の建物なのかはわかりませんが、

今でも人が生活しています。

このお家の窓ガラスは、まだ磨りガラスでしたビックリマーク




ちょっと判りにくいですが、

屋根には草が生えていたり、

木の壁に枯れた蔦が掛かっていました。





光の加減で判り辛いのですが、

侵入者を阻止するための仕掛けのある家もありました。





漆喰の壁が剥がれかけていたり、





落書きされてしまっている所もありました。





ここだけではありませんが、

街の至る所に萩焼を売っているお店がたくさんありましたビックリマーク



萩焼のろくろ体験をさせてくれる所もたくさんあって、

やってみたかったです。

一度は体験したい、ろくろ回しですニコニコ



松陰神社を出たのが13:30 頃で、
昼食を食べることにしましたビックリマーク
旅先では、その土地の物を出来るだけ食べたいので、
チャットGPT を使って候補を上げてもらいましたにひひ

いくつか候補がある中から決めたのが、
道の駅「萩し〜ま〜と」


ちょっと光の加減で見え難いですねあせる


萩漁港で水揚げされた海産物が直接販売されていました。

観光客より、

地元の人たちが海産物を買いに来ている印象でした。



この「萩し〜ま〜と」の中にある、

「浜料理 がんがん」




いろいろあって、迷っちゃいましたにひひ







漁港で採れた新鮮なお魚をいただくことが出来ましたチョキ






エビの色があせる

こんな色のエビは食べたことがなかったのですが、

臭みもなく、プリプリの身でした合格

このエビの下にイカのお刺身もありましたビックリマーク





食後に見つけた、青いソフトクリームソフトクリーム

これは食べてみないとビックリマーク



ラムネ味のソフトクリームで、

ラムネのジュレが掛かっていましたビックリマーク

さっぱりしていて、美味しかったです合格




今更ながら、夏休みです。

萩・津和野に行って来ました飛行機





ファニックスの木が山口宇部空港で出迎えてくれますやしの木




山口宇部空港から萩市までは、車で2時間くらい。

この日の萩市の天気は秋晴れで、

最高気温は 24 ℃ でしたビックリマーク




まずは、松陰神社へ行ってきました。

この神社の中に『松下村塾』が、

当時のままで保存されています。



最初の鳥居。






2番目の鳥居の先が本殿でした。





松下村塾




ちょっとわかりにくいですが、

明治時代にこの塾で学んだ、著名な人たちが飾られていました。


よく見ると、

明治時代に活躍した人がいっぱいいました。




実際に勉強をしていた部屋(講義室)



この松陰神社や松下村塾は、

世界遺産に登録されているので、

外国人観光客も多かったです。




この松陰神社の近くに、

伊藤博文さんが子どもの頃に住んでいた旧宅のある所に、

東京から移築した別宅がありました。




銅像の台座が高過ぎるにひひ



1907年に東京都品川区に建てた家の一部を、

1998年に萩市に移築したそうです。





裏側に回ると縁側があるのですが、

いろんな人がこの靴脱ぎ石で靴を脱いで出入りしていたそうです。

その人たちがよく出世していたことから、

『出世石』と言われているそうです。






出世石




伊藤博文さんは山口県光市出身なんですが、

小さい頃にお父さんの仕事の都合で萩市に移り住んでいたそうです。

「松下村塾」の塾生でもあり、

所縁のある地に移築したのですね。


一気に明治時代にタイムスリップしたような感じがしたひとときでした時計


コロナの後遺症なのか、
ここ 1ヶ月ほど体調が優れず、
なんだかんだしているうちに、
プールに行かれないままになっていましたあせる

10/20 にやっと行かれて、
今日も行くことが出来て、
これでまた続けて行かれる弾みになりましたアップアップアップ







今回、蓼科に旅行に行くことが出来ましたが、

9月末から両親がコロナに感染して、

旅行に行かれるか、危いところでしたあせる

しかも sarurin  までビックリマーク


1日目、父の体調は万全ではなかったのですが、

父が行きたいと言ったので決行し、

静かに過ごしました。


2日目、朝から秋晴れになったこともあり、

父の体調もだいぶ良くなって、

白樺湖の方までドライブを兼ねて行ってみることにしました





お昼近くにもなっていたので、

姉のオススメのお蕎麦屋さんに寄ることにビックリマーク 



「きみまち庵」




白樺湖畔にある、老舗のお蕎麦屋さん。




母が食べた、胡桃のタレのお蕎麦。




天せいろ

野菜が新鮮で、とっても美味しかったですビックリマーク



姉夫婦はこのお蕎麦が食べたくて、

時々ドライブに来ているそうですビックリマーク

確かに、

とっても美味しいお蕎麦でした合格


いろいろありましたが、

いろんな意味で思い出に残る旅行になりました。

今回も、両親や姉と一緒に行かれたことに感謝の旅行でした。

先日、
父と母、姉と、蓼科高原に1泊で行って来ましたビックリマーク

雲一つない長閑な広い道を
車で走っているのは気持ちが良かったのですが、
ここへ来るまでが、長かったのです汗







談合坂サービスエリアで休憩をした後に、
3車線の真ん中を走っていたのですが、
真ん中の車線に落下物があったんです。

運転していてすぐに気が付いたのですが、
避けようにも、左右両車線に車が走っていたので避けきれず、
その落下物を踏んでしまいました。
その落下物はとても硬い物で、
車に乗っているみんなが、
車内で飛び上がってしまう程の物でしたあせる

そのまま走っていたのですが、
どんどん車がガタガタし始めて、
広い路肩があったので、
そこに車を止めて確認してみたら、
左後ろのタイヤがバーストしていました叫び




よく見てみたら、左前のタイヤも内部バーストしていました汗





JAF に電話をしたら、

警察にも連絡した方がいいと教えてもらい、

警察にも連絡して、来てもらいました。


警察に連絡すると、

その落下物らしき物の通報がが入っていたようで、

落下物は回収されたようでした。

NEXCO(Nippon Expressway Company)の人たちも、

現場に同行していました。

(落下物の事故だと、NEXCO の方たちが同行することがあるそうです。)


そして見せられた落下物がこちらダウンダウンダウン




これを踏みつけてしまったようです叫び

これじゃあ、車内で飛び上がってしまうのもよくわかりました。


JAF のトラックに車を載せてもらい、

タイヤを交換してもらえるお店まで車を運んでいただきました。


この車の車内には、父、母、姉が乗っています。

sarurin はトラックの助手席に乗せてもらい、

何処のカー用品店に行くかを JAF の人と考えていました。








JAF の方は、

タイヤがバーストして不安になっている sarurin  たちを、

不安を拭い去るように励まして下さったり、

カー用品店にタイヤがあるかを確認して下さったりと、

迅速に対応していただき、

バーストの連絡をしてから2時間で、

車が元通りに走るようにして下さいました合格


カー用品店でタイヤを交換してもらった直後の車です。




後に姉が送ってくれた、車内からのトラックの運転席部分。



今回、

初めて発煙筒を使ったり、トラックに載ったりと、

初めての経験ばかりでドキドキしましたが、

旅行の最後に車内では、

『なかなか出来ない体験をしたねビックリマーク』とみんなが言っていて、

思いもかけないアクシデントでしたが、

良い体験をさせてもらいました。


特に JAF の担当して下さった E さんには、

心のケアまでしていただき、

本当に感謝しかありません。


事故は思わぬところで起こると今回改めて思い、

運転には気を付けないといけないことを再確認しました。