


京都の八坂神社などでも奉納されるそうですが、
今日では鷺舞というと、
津和野の鷺舞を指すことが多いそうです。
昔、この鷺舞を観た記憶があるのですが、
記憶違いか、思い出せません。
この鷺の羽のような衣装に、
記憶があるような、ないような
この門は、1853年の大火後に建てられた門だそうです。
メインストリートの殿町通りには、
至る所に昔の建物が並んでいましたが、
建物の脇には堀割りがあり、
建物の中に入る時は、小さな橋を渡って行く造りが多かったです。
その堀割りには鯉がたくさん泳いでいて、
1匹1匹が大層大きくて、
地元のガイドさんが話していたのを聞くともなしに聞いていたら、
この堀割りにいる鯉は、メタボの鯉なんだそうです。
思わず納得してしまうくらい、大きかったです![]()
島根県産の石見(いわみ)ポークの豚丼をいただいたり、
お茶に入った喫茶店で、
この喫茶店の奥さんに東京から来たと話したら、
源氏巻と言われる、
津和野の銘菓で、カステラにこし餡を巻いてあるお菓子を、
サービスに出して下さいました
楽しい時間はあっという間で、
美味しい源氏巻をいただいた後は、
山口宇部空港まで2時間半の移動をして、
帰路に着きました。
去年、山口を訪問した時は、
河豚を食べに行ったり、
「いろり山賊」へ行ったりしましたが、
今回は行かれなかったので、
空港のレストランで、
河豚と鯨の刺身を食べて来ました
河豚は美味しかったのですが、
鯨の刺身は解凍が十分ではなくて、
シャリシャリ凍っていたり、
箸で摘むとポロポロ形が崩れてしまったり、
久しぶりに食べるので楽しみにしていましたが、
Not Good でした
それでも、行きたかった所は行くことが出来て、
大満足の夏休みになりました![]()

そして、初めて足を踏み入れた、島根県へ
今の連続テレビ小説「ばけばけ」の舞台になっている所ですね。
萩を出た時は曇り空でしたが、
約50キロの道中、
雨がシトシト降り始めました
途中休憩した、道の駅「なごみの里」。
神話の国と言われている島根県らしく、
山に霧が掛かっているのも神々しく見えました
目的地に着きました
鉄橋を、今もSLが走っています
(土、日などの休日が主だそうですが。)
(写真はお借りしました。)
城下町に聳え立つ、教会の屋根。
この旅の1番の目的、「津和野」へやってきました
萩・津和野と、
対になって表現されることも多いので、
津和野は山口県だと、ずっと思っていました
去年山口を訪れた時に、
津和野が島根県だと知りました
と思い、
)「ちゃんめん」という響きに惹かれて、
長崎ちゃんぽんのお店に入りました。
野菜たっぷりの美味しいちゃんぽんでした
このお店は初めて聞く名前だなぁ〜と思って、
東京にもあるかなぁ
と検索してみたら、
1軒あったみたいですが、閉店していました
このお店、「長崎」と謳っていますが、
長崎には店舗はなく、
山口県、広島県、島根県、岡山県にしか店舗がないようです。
食後はホテルの部屋で、
青いソフトクリームを食べたお店でプリンを買って来たので、
いただきました![]()
右側は普通のプリン。
左側は青いプリン。
ラムネのジュレが上に載っています
プリンとジュレの部分を別々に食べたこともあり、
どちらもとても美味しいプリンでした![]()
このプリンのお店は萩では有名なお店だそうです
萩 プリン亭
次の日のホテルの朝食のメニュー。
朝から最高の栄養バランスで、
毎日こんな朝食が摂れたらどんなにいいか、
と思いながらいただいていました
約400年前の江戸時代初期に建てられた、
豪商の邸宅「菊屋家住宅」。
元々は武家の家柄だったそうですが、
初代となる菊屋友味が毛利輝元に 従って萩に入り、萩城築城の際には有力町人として支えました。
こちらも菊屋家の所有物
菊屋家の庭園
2つの庭園があり、
この庭園は明治時代の回遊式庭園で、
春と秋に特別公開されるそうです。
菊屋家見取り図
この辺りはずっとこの光景が続いていて、
幕末にタイムスリップしたみたいでした。
何年前の建物なのかはわかりませんが、
今でも人が生活しています。
このお家の窓ガラスは、まだ磨りガラスでした
ちょっと判りにくいですが、
屋根には草が生えていたり、
木の壁に枯れた蔦が掛かっていました。
光の加減で判り辛いのですが、
侵入者を阻止するための仕掛けのある家もありました。
漆喰の壁が剥がれかけていたり、
落書きされてしまっている所もありました。
ここだけではありませんが、
街の至る所に萩焼を売っているお店がたくさんありました
萩焼のろくろ体験をさせてくれる所もたくさんあって、
やってみたかったです。
一度は体験したい、ろくろ回しです![]()

今更ながら、夏休みです。
萩・津和野に行って来ました
ファニックスの木が山口宇部空港で出迎えてくれます![]()
山口宇部空港から萩市までは、車で2時間くらい。
この日の萩市の天気は秋晴れで、
最高気温は 24 ℃ でした
まずは、松陰神社へ行ってきました。
この神社の中に『松下村塾』が、
当時のままで保存されています。
最初の鳥居。
2番目の鳥居の先が本殿でした。
松下村塾
ちょっとわかりにくいですが、
明治時代にこの塾で学んだ、著名な人たちが飾られていました。
よく見ると、
明治時代に活躍した人がいっぱいいました。
実際に勉強をしていた部屋(講義室)
この松陰神社や松下村塾は、
世界遺産に登録されているので、
外国人観光客も多かったです。
この松陰神社の近くに、
伊藤博文さんが子どもの頃に住んでいた旧宅のある所に、
東京から移築した別宅がありました。
銅像の台座が高過ぎる![]()
1907年に東京都品川区に建てた家の一部を、
1998年に萩市に移築したそうです。
裏側に回ると縁側があるのですが、
いろんな人がこの靴脱ぎ石で靴を脱いで出入りしていたそうです。
その人たちがよく出世していたことから、
『出世石』と言われているそうです。
出世石
伊藤博文さんは山口県光市出身なんですが、
小さい頃にお父さんの仕事の都合で萩市に移り住んでいたそうです。
「松下村塾」の塾生でもあり、
所縁のある地に移築したのですね。
一気に明治時代にタイムスリップしたような感じがしたひとときでした




今回、蓼科に旅行に行くことが出来ましたが、
9月末から両親がコロナに感染して、
旅行に行かれるか、危いところでした
しかも sarurin まで
1日目、父の体調は万全ではなかったのですが、
父が行きたいと言ったので決行し、
静かに過ごしました。
2日目、朝から秋晴れになったこともあり、
父の体調もだいぶ良くなって、
白樺湖の方までドライブを兼ねて行ってみることにしました
お昼近くにもなっていたので、
姉のオススメのお蕎麦屋さんに寄ることに
「きみまち庵」
白樺湖畔にある、老舗のお蕎麦屋さん。
母が食べた、胡桃のタレのお蕎麦。
天せいろ
野菜が新鮮で、とっても美味しかったです
姉夫婦はこのお蕎麦が食べたくて、
時々ドライブに来ているそうです
確かに、
とっても美味しいお蕎麦でした
いろいろありましたが、
いろんな意味で思い出に残る旅行になりました。
今回も、両親や姉と一緒に行かれたことに感謝の旅行でした。




よく見てみたら、左前のタイヤも内部バーストしていました
JAF に電話をしたら、
警察にも連絡した方がいいと教えてもらい、
警察にも連絡して、来てもらいました。
警察に連絡すると、
その落下物らしき物の通報がが入っていたようで、
落下物は回収されたようでした。
NEXCO(Nippon Expressway Company)の人たちも、
現場に同行していました。
(落下物の事故だと、NEXCO の方たちが同行することがあるそうです。)
そして見せられた落下物がこちら


これを踏みつけてしまったようです
これじゃあ、車内で飛び上がってしまうのもよくわかりました。
JAF のトラックに車を載せてもらい、
タイヤを交換してもらえるお店まで車を運んでいただきました。
この車の車内には、父、母、姉が乗っています。
sarurin はトラックの助手席に乗せてもらい、
何処のカー用品店に行くかを JAF の人と考えていました。
JAF の方は、
タイヤがバーストして不安になっている sarurin たちを、
不安を拭い去るように励まして下さったり、
カー用品店にタイヤがあるかを確認して下さったりと、
迅速に対応していただき、
バーストの連絡をしてから2時間で、
車が元通りに走るようにして下さいました
カー用品店でタイヤを交換してもらった直後の車です。
後に姉が送ってくれた、車内からのトラックの運転席部分。
今回、
初めて発煙筒を使ったり、トラックに載ったりと、
初めての経験ばかりでドキドキしましたが、
旅行の最後に車内では、
『なかなか出来ない体験をしたね
』とみんなが言っていて、
思いもかけないアクシデントでしたが、
良い体験をさせてもらいました。
特に JAF の担当して下さった E さんには、
心のケアまでしていただき、
本当に感謝しかありません。
事故は思わぬところで起こると今回改めて思い、
運転には気を付けないといけないことを再確認しました。


























































































