この度、我が家は新潟県上越市に引っ越しすることとなりました。

お世話になった方々にできるならば直接お伝えしたいと思いながら、中々思うようには叶わず、まだお伝えできていない方々にはこのようなご報告となり申し訳ありません。

 

引っ越しが来月に迫ってきましたので、ブログに綴らせてもらおうと思いました。
 

我が家は転勤族で

仙台→福島→東京と引っ越しを重ねてきました。

東京での暮らしは2012年1月~今年で9年になります。

 

その土地その土地で子どもを出産し、夫婦二人で始まった家族は5人となりました。

家族みんなで力を合わせ、そして何よりたくさんの方々の支えを頂いて今日まで来ました。

 

今、私たちは社宅に暮らしていますが、居住年数が10年と決まっています。

東京に引っ越してきた時は「MAX10年後には出なければいけない」と分かっていたので、長女が中学に進学する6年後には仙台に帰ろうと思っていました。

 

引っ越しをいつも頭の片隅に置きながら、それでも目の前の日常に向き合っての毎日。

東京にも親子共にたんさん友人もでき、子どもたちの環境をあまり変えたくもない想いも出てきて、長男が小学校に入学するタイミングで同じ生活圏で家を買おうかとなったこともありました。

東京に越してきて4年目のことでした。

 

けれど、石巻で1人暮らしをしていた私の母が「あなたたちが良いなら一緒に暮らしてもいい」というまったく想定外の発言があり、当時検討していた物件ではそれは叶わず、結局ご縁がありませんでした。

 

そうこうしているうちに長女は6年生に。

仙台に引っ越そうと思っていたことは時々してきてはいましたが、思春期の入口に立った長女は

「引っ越しなんて絶対にいや!!!」

「友達と同じ中学に行きたい!!!」

とキレ気味に訴えてくるので、難しいお年頃の長女の思いを抑えてまで引っ越しするのも、、、とまた引っ越し話は流れ、長女は中学生、末っ子の次女は小学生になりました。

 

社宅に住めるのもあと3年、いよいよどうする?

そんなことを夫婦で話し、時には喧嘩になりながらも答えは出ず。

都内と仙台と旦那さんの実家のある上越と、3ヶ所の物件を暇さえあればネット検索するような時間が増えていきました。

 

そして、今年に入って3月からの新型コロナウィルスによる休校・自粛生活。

長女は来年受験生。

高校生になったらますます引っ越しは難しいし、下2人も今後受験を控えていて、コロコロ環境を変えるようなことはなるべくしたくない。

年老いていく親にもなるべく会っていきたいし、東京に暮らしていれば私と旦那さんの両方の実家に帰省し続けることは必須。

高校受験が間近に見えてきて、現実的な経済状況も見えてきて。

自粛生活中、たくさんたくさん旦那さんと話し合いました。

 

旦那さんは

私が暮らしたいと思う場所で良いよ。

ただし、我が家の予算は決まっているからね。

 

と、優しいようで厳しい考えを一貫して変えませんでした。

転勤族でずっと仮住まいだった私はマイホーム願望が強くて

次引っ越すなら絶対にもう引っ越さなくて済むことが願いでした。

定住地を決めたい!と転勤の度に思ってきました。

 

子どもたちのことをずっと優先に考えてきたけど、私は一体どんな暮らしがしたいん良いんだろう。

そんなことを考えた時、結婚の挨拶で初めて上越市を訪れた時、空がすごく高くて、空を見上げて深呼吸をしたことを覚いだしました。

「いつか、この土地に住みたい」

そんなことを16年前に感じていました。