私はあんな親に育てられたからこんな性格なんだと

ずっと思ってきました。

 

私は「私」が好きではありませんでした。

頑固で意地っ張りであまのじゃくで、いつも物事を斜めから見ているような、

そんな人間でした。

 

手のかからないいわゆる「良い子」でもありましたが

自分の気持ちを押し殺すのが上手で、うわべで笑うのが得意で

愛想のいいふりをすることで親が喜ぶと思っていました。

 

旦那さんと出会ってそんな私も散々出しまくったのに

彼は私の前からいなくなりませんでした。

 

むしろ、どんな私も受け入れてくれる人でした。

 

私は旦那さんと結婚した時、彼の家族に出会い

人生の学校に入り直したような気持ちになりました。

 

いつもみんな誰かを思いやっている。

こんな家族っているんだと自分の育ってきた環境と比べると

まるで極楽浄土?(笑)のようでした。

 

だからこそ余計自分の醜さを感じてしまったということもあるのかもしれません。

でも一生懸命、彼の家族の一員になりたくて私も思いやりを育てたいとも思いました。

 

そして待望の我が子を授かり、

子育てがいざ始まってみると

 

あれもしてもらわなかった

これもしてもらわなかったという

思いばかりが湧いてきて

 

益々自分の親への不足の思いが強くなるでした。

 

それが私が良い母親になろうという原動力にもなったのですが

そんな恨みのエネルギーは活力になるわけもなく

 

私は自分で自分を追い込んだのだと思います。

 

親のせいにしていれば

自分に向き合わなくて済むし

親のせいにしていれば

言い訳にもできる。

 

でも

30代も過ぎたいい年した大人が

30年以上も自分で歩んできているのに

うまくいかないのは、そのすべてが親のせいだなんて

なんだかものすごく虚しくなりました。

 

 

成育歴というのはその人となりを知るのにとても重要です。

人は、生まれ持った気質と生まれてからの環境で人格が形成されていきます。

なので、親の触れ合いやしつけというものは成長過程で大変影響があるのは

間違いないのだと思います。

 

ただ、私はそれを自分にレッテルを貼るために当てはめたくなかった。

自分が親になって

こんなダメな私に育てられた子どもは

ダメな子どもっていう図式になってしまうんじゃないかと。

 

でも、それっておかしい!!と思いました。

 

だってこんなにかわいいのに。

こんなに愛おしいのに。

 

私の卑屈をこの子たちに当てはめるのはおかしい。

 

そう思いました。

 

彼らもいつか自立して巣立っていく。

その時にたっぷり愛情という基盤を、土台を心に築いて巣立っていてってほしいと

カウンセリングを受けている時に思いました。

 

その為には私が変わらなきゃ。

 

だって私の人生は私以外の誰のものでもない。

 

私が私らしく描いて歩んでいくんだ。

 

ああしなさいこうしなさいと口だけで人は育たない。

それは充分すぎるほど私が知っています。

 

私の後ろ姿を見て、子どもは育っていく。

だったら私は何をしたら良い?

 

私にしかできないことが必ずあるはず。