文春オンラインYahoo!ニュースより引用

「半島という立地」「険しい地形」だけが原因じゃない…能登半島地震で“道路復旧”が遅れる“意外な要因”

文春オンライン

  • ポスト
  • シェア
  • LINE


ひび割れた道路

〈「もう何から手をつけていいのか分からない。面白いもんやな」「自衛隊のお風呂に行きたいけど…」現地を訪ねてわかった能登震災被災者たちの“リアルな生活事情”〉 から続く

【現地写真】波打ち際に突き刺さった乗用車、1m以上地面から飛び出したマンホール、通行可能でもひび割れだらけの国道…能登半島を訪れてわかった“被災地の実情”をまとめて見る
 今回、 能登半島の被災地を取材 し、多くの方の話を聞いて感じたのは、日常生活を取り戻すために必要不可欠な水道、電気、ガスの復旧が待ち望まれていることだ。そして、津波により被災した家の片付け等で、既に一般ボランティアのニーズも出始めている。しかし、全ての障害になっているのが、道路事情の悪さだ。

喫緊の課題である“道路問題”

 インフラの復旧に向けて、全国から応援部隊が既に送り込まれている。応援部隊は被害が少なかった石川県加賀地方や富山県北西部のホテルを拠点とし、能登半島の現場まで通うことが多い。その道のりが渋滞していれば、作業時間の確保が困難となる。東海地方から水道の復旧部隊が派遣される予定だったが、道路事情の悪さから延期になった話も耳にした。

 

 発生から3週間ほどが経過した1月21日時点でも、一般車両は能登方面に行かないよう呼びかけられている。

 金沢市や富山県では一般ボランティアの募集が始まっているが、被害が甚大な能登地方では一般ボランティアを派遣する目途は立っていない。輪島市鵠巣地区で話を聞いた男性は「水道、電気も、道路が直らんと直せんわな」と話していた。今後、復旧作業が進むにつれて、ますます交通量の増加が見込まれるため、道路問題は喫緊の課題だ。

 発災直後から、道路が原因で救助部隊が何日間も被災地に入ることができず、もどかしさを感じていた人も多いのではないだろうか。

 現時点では不通となっていた道路の大部分が通行可能となったが、応急的な復旧が進んでいないため、対向車との離合に時間がかかったり、凹凸の激しい路面で大幅に減速しなければならず、渋滞が解消できていない現状がある。

 では、なぜ道路の復旧に時間がかかっているのか。その原因は、半島という立地と険しい地形によるところが大きいだろう。どこからでも出入りができる平地とは異なり、半島は一方向からしか出入りができず、交通路が限られる。

 また、能登半島は5つの山地を抱え、北西部は丘陵になっている。特に丘陵部は険しい場所に道路が通っているため、ひとたび崩れると長期戦は避けられない。こうした要因から、道路の復旧が困難を極めているとうかがえる。

立地や地形だけではない…“道路啓開”が遅れている理由

 しかし、原因はそれだけではない。こうした場合、多くの要因が複雑に絡み合っているため、何が原因か断定することは非常に難しい。しかし、ここではそうした複合的な要因の一つとして、事前に道路啓開(けいかい)計画が未策定であったことを指摘しておきたい。

 大規模災害が発生して多くの人命が危険にさらされている時、救助活動として真っ先に行われることは何か、ご存知だろうか。それは、道路を切り開くことだ。他にも色々なことが行われるが、何よりも重要なのが道路である。

 地震や津波が発生すると、道路が寸断されて消防や自衛隊などの救助隊が現場に到着できない。ヘリコプターを活用する手もあるが、要救助者が数万人にも及ぶような災害現場では、あまりにも無力だ。海路は、災害時には港が被災していることも多く、今回のように海底が隆起したり、漂流物も多いとすぐには使えない。船舶だと拠点からの移動にも時間がかかる。大規模な救助隊を速やかに現場に投入するためには、陸路しかないのが現状だ。

 人命救助の第一ステップとして、寸断されてしまった道路を切り開く必要がある。このことを“道路啓開(けいかい)”という。あくまでも救助隊を現地に送り込むことを目的とするため、とにかく車が通れればそれでよく、舗装する必要もない。発災から72時間が過ぎると人命が失われる可能性が高まるため、それまでに何としてでも命の道を切り開き、救助隊を送り込むことが至上目標だ。

 道路啓開と道路復旧は混同されがちだが、人命救助を第一義とする道路啓開と、インフラの再構築を意味する道路復旧とでは、まるで性質が異なる。

 人命救助を担う道路啓開の指揮をとるのは、消防庁でも防衛省でもなく、国土交通省。そして、道路啓開の最前線で任務につくのは、主に民間の土建業者さんだ。自衛隊も道路啓開を行うが、地元を知り尽くした土建業者さんには、かなわない面が少なくない。

 2011年に発生した東日本大震災を機に、道路啓開はそれまで以上に注目されるようになった。要救助者が3万5000人にのぼるなか、国土交通省東北地方整備局は、人命救助を第一義とし、発災当日から道路啓開を展開。まずは内陸部の縦軸ラインを確保し、そこから被害の大きい沿岸部へ複数の横軸ルートを切り開く計画が立てられた。その形から“くしの歯作戦”と命名された。

 地元の土建業者さんを中心に自衛隊や自治体が協力し、翌日には被災地に向かう11ものルートが切り開かれた。4日後、くしの歯にあたる15全てのルートを確保、7日後には被災地沿岸部の縦軸ラインがほぼ通れるようになり、作戦は終了した。

 この“くしの歯作戦”は、72時間以内に救助部隊を被災地に送り込むという道路啓開の至上目標を果たしたとして、今日まで語り継がれている。また、道路啓開の重要性を広く知らしめ、大規模災害に備えて、全国で道路啓開計画を事前に策定することとなった。

甚大な被害を受けた能登半島では“道路啓開計画”が未策定だった

 道路啓開計画は、啓開を行う道路の優先順位をどのように決めるかや、必要な資機材・人員の確保、民間業者との協定、啓開の手順など、具体的な内容が盛り込まれる。ひとたび大規模災害が発生すると職員は業務で忙殺されるため、あらかじめ詳細に決めてあると動きやすいというわけだ。

 南海トラフの巨大地震が囁かれている太平洋側では動きが早く、既に道路啓開計画が策定されている。その一方で、日本海側では策定が進んでいない地域があった。今回の震災で甚大な被害を受けた能登半島を管轄する国土交通省北陸地方整備局は「局内業務の優先順位を考慮した結果」として、道路啓開計画を策定していなかったのだ。

 総務省は道路啓開計画の策定状況について調査を行い、2023年4月、国土交通省に勧告を出していた。全国どこででも大規模災害は起こり得るにも関わらず、地方によって対応に差が生じている。民間事業者から災害時に提供を受けられる資機材・人員量を把握しておらず、道路啓開に必要なリソースを確保できないおそれがある、などとして策定を促していた。

 今回の能登半島地震でも、道路啓開計画が事前に策定されていなかったため、計画の立案や資機材・人員の確保等に時間を要し、初動に遅れが生じた可能性がある。

 道路啓開の第一義は、人命救助だ。半島という立地的な要因、地形的な要因も非常に大きいが、事前の準備不足も否定できないだろう。時間も予算も限りがあるなかで、業務の優先順位を理由に道路啓開計画が未策定であったことは、仕方のない部分もあるかもしれない。また、救助活動については、道路啓開以外にも、悪路走破性が低い車両が中心に派遣されている緊急消防援助隊の問題や、消防と自衛隊との役割分担など、様々な課題があった。しかし、犠牲になられた方がいる以上、救助活動に満点はない。道路啓開計画が未策定であったことは、今後の教訓として活かさなければならないだろう。

 東日本大震災の最前線において、事前に道路啓開計画もなく、現場から報告も上がってこない中でくしの歯作戦を立案・指揮した東北地方整備局長(当時)の徳山日出男さんは、後にNHKのインタビューでこう答えている。

〈「あのときの機転だけでできたことなんて、一つもなかったんですよ。備えていたことしか役には立たなかった。災害が起きる前にどれだけ準備できていたか、というのが非常に大きかったんです」〉

 道路啓開計画が未策定のままになっている地域は他にもある。それに、災害に対する備えはそれだけではない。備えがあれば憂いが全くなくなるわけではないが、救える命は確実に増える。今回の震災を他人事とせず、全国各地で災害への備えが進むことを願っている。

復旧現場の実情

 道路啓開が行われた後の道路は、よりスムーズに多くの車両が通行できるように、応急復旧が行われ、その後、時間をかけて本復旧が進められる。能登半島地震の被災地では道路の応急復旧が進んでおらず、それが渋滞の原因になっているという状態だ。

 念のため申し添えておくが、現場は精一杯頑張っている。土建業者さんたちが、休む間を惜しんで作業を続けている。自治体や地方整備局の職員さんも同様だ。多くの人が困っている現場で、奮起しない人などいないだろう。しかし現実として、応急復旧が必要な現場の多くは手つかずのままなのだ。

 今回、取材のため能登半島内を2日間で400kmほど移動したなかで遠方から駆け付けた電力会社の作業車を非常に多く見かけた。携帯電話の基地局が被災した現場では、移動式の基地局と電源車の組み合わせで展開し、停電が続いている能登半島の末端部まで電波が届くようになっていた。それに対して、数が非常に少ない印象を受けたのが道路復旧関係の車両だ。

 現地入りした13日は降雪による悪天候で多くの現場が止まっていたという事情はあったが、翌日は好天に恵まれていた。しかし、移動中に見たところ、応急復旧が必要と思われる箇所はざっと100以上あるのに対して、稼働している現場は10箇所に満たなかった。

 報道によると、七尾市内の建設会社は発災後いつでも出動できる状態だったが、いつまで経っても県から発注がこず、勝手に道路を直すわけにもいかないと困惑していた。また、東海地方のある建設会社の関係者から聞いた話では、これまで東日本大震災、熊本地震では発生直後に出動要請がきたため、今回も1月2日から出動できる態勢を整えていたが、今日に至るまで要請がないという。

 災害派遣の経験がある建設会社の関係者は、要請がこない理由を推測し、予算の問題を挙げた。このような非常時とはいえ、県の担当者としては通常の予算額をはるかに上回る工事を発注するのは難しいだろう、というのだ。

 なお、東日本大震災の発災当日、国土交通大臣は東北地方整備局に対して、次のように指示を出していた。

「国土交通省の所掌にとらわれず、予算を気にせず、被災地と被災者の救援のために必要なことなど、やれることは全部やりきること」

 今回、予算の問題が背景にあるかどうかは定かではないものの、発災直後に行政機関のトップからこのような指示があれば現場は思う存分動けるし、士気が上がることは間違いないだろう。

 大事なことなのでもう一度書くが、現場は奮闘している。作業にあたっている土建業者さんは昼夜を問わず作業を続け、疲弊している状態だ。

待機時間が長くなっている緊急消防援助隊

 捜索・救援活動を行うため、全国から派遣されている緊急消防援助隊は逐次増員され、今や待機時間が長くなっている。こうした状況に対し、待機時間が長いといった批判もあるが、私は良い傾向だと感じている。人命救助において、疲弊した状態で作業を続けるよりも、交代人員など余裕をもって活動したほうが安全で効率も上がる。民間の土建業者が中心となり行われる道路啓開や応急復旧の現場にも、十分な補給が行われるべきだろう。

 当初は自衛隊のほか石川県内の少数の土建業者だけで行われていた道路啓開だが、富山県、新潟県からも応援がくるようになった。自衛隊のホバークラフトによって、未開通区間に建設資材も運搬されている。発災から2週間時点で、道路啓開は8割ほど進捗したという。

 発災翌日から、応援に行きたくてずっと待ち構えている土建業者さんが全国にいる。今後、県内外から十分な補給が行われ、道路の応急復旧が急ピッチで進むことを期待したい。そしてインフラの復旧が進み、被災された全ての方が一日も早く日常を取り戻せることを心から願っている。

鹿取 茂雄

関連記事