※ブログにあげたつもりが何故か反映されていませんでした。監督・・大変失礼いたしました。

私が尊敬してやまない長嶋茂雄終身名誉監督ご逝去による追悼ブログになります。終始笑顔の監督のことです。行く先々で友人たちにからまれて天国へ到着するのはまだまだ先のことだと思います。

監督に涙は似合いません。笑顔で贈り出してあげたいと個人的にはそう思っています。

 

 

 

2025年6月3日朝、車での移動中にやたらとたくさんのラインが入ってきました。

ついにこの日が来てしまったか・・栄光の男、長嶋茂雄終身名誉監督が逝ってしまいました。今日は三奈さんの誕生日なのに・・

6/3 6:39 はすべて「3の倍数」、入団年が昭和33年。享年89歳…何から何まですべてが野球人でした。

 

  

 

 

少年時代から憧れたミスタージャイアンツ。まさか大人になってコーチとして支える立場になるとは人生何が起こるか分からないものです。

エピソードは多々ありますが、中でも

 

①コーチ就任が決まり、監督室に挨拶に行ったときのこと、
「お〜キミが佐伯くんか?アメリカに長くいたんだって?いろいろ聞いてるよ。いいね〜キミは巨人顔だな!」

 

②春のキャンプで松井秀喜がインフルエンザにかかり、状態を確認するために松井の部屋で数分しか滞在しなかったにもかかわらず、翌日重いインフルエンザで練習を休んでしまった…後日、私のところに監督が来て、

「キミはコンディショニングの専門家なんだから、キミがもらってどうする!選手に示しがつかないだろ!」
と本気の形相で怒られたこと。グレーの目をした監督に吸い込まれてしまい、お~監督が俺に怒ってるよ・・と非現実な時間で説教が全く頭に入って来ませんでした。極めつけは、
「インフルエンザは風邪じゃないんだから這ってでも出てきなさい!」

 

③遠征で新幹線に乗ると私の後ろは必ず長嶋監督。特に広島遠征は5時間近く乗るため車内で熟睡必須。ただリクライニングしようにも真後ろが監督のため常に直角以上の直角を5時間キープしなくてはなりませんでした。いつも目の前の仁志はフルリクライニングで彼のつむじをただただ見続ける広島遠征。
この毎度おなじみの座席配置は当時のKマネージャーの100%陰謀説。

 

長嶋監督のために勝利に向かって尽力できたこと、元上司と呼べること。今となっては人生の誇りに思います。

笑顔で泣きながら・・謹んでご冥福をお祈り致します。

写真は99年グアムキャンプ(左から長嶋監督、鹿取コーチ、水野コーチ、私)

 

 

お会いするのが最期になってしまった昨年のファンフェスタ(監督の後ろが上原と岡島、その後ろが私)

 

 

 

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