『我れ生まれてよりこのかた、口にそごんなく、手に笞罰(ちばつ)せず、今我が同法、童子を打たずんば、我が為に大恩なり、努力めよ、努力めよ』



最澄の生誕地といわれる生源寺で先生がぽつりと話してくれた。


「3才の娘に最澄さんがどんな人か説明する時に「子どもを叩かないでねと、皆んなに伝えた人だよ」と話したら、娘はそれを聞いて「優しい人だね」と言っていました。」


先生はそんな風に私に伝えてくれた。沢山の難しい言葉を知らない私に目線を合わせて。




最澄さんは、


「わたしは生まれてから荒々しい言葉を使った事がない。鞭で体罰を与えた事もない。弟子を殴らないでもらえれば有難い。心が大きいから大人なのです。努めよ。努めよ。」と遺言を残した。



今日もその言葉がひっそりと


でもしっかりと


誰かの中で生きていると


信じています。









#今日は

#歴史に残る

#大変な日









(メモ)






音が生まれるとき精霊が宿ると言われるのは


振動という生の動きからなる音というそれが

その他との共鳴の証な気がしていて


ぽつんとたったひとつでは絶対に起きない出来事










見えない音というものにこれほどまでに心が揺さぶられることや



死の間際に最後まで耳の機能が残るのは



その他との生の共鳴の反応を魂が感じたいからなのかもしれない









雨の音が心地よい比叡山横川の鐘を鳴らしながら


ふと





横川中堂で蝶が出迎えてくれた。


とてもかわいい。



「花だと思ったのかもね笑」







#先生と歩くと意識が何かを拾いたがります

#横川中堂

#学びの場所で

#めずらしく自分の事を祈願してみた





延暦寺のある比叡山に行く予定ができた次の日

そこが名前の由来になったヤマボウシに出会った。





その直後、秘境の地で「そんなまさか」な
妖精のような彼女との3回目の再会があった後

ヤマボウシの花言葉が友情だと知った


3回目はさすがにびっくりで
ぞわぞわした。


彼女はそんなに気にまとめてない様子で
ただ喜んだくれていた。


今朝、私のことを思い出して
蛍が見れることを伝えようと頭によぎっていたらしい、

「会いたい」と思った人に
会えるんだと言う。


友達にそんな子が他にもいる。


人ってものはよく
辻褄を合わせたがるなぁと思ってはいたけど

今回は許してください。

ほんとにびっくりしたんだもの笑




今までは偶然でしか会ったことがないけど。


次回はカレーを誘おう。


今度は予約して。