洗練されたスマートな所作でウェイターがシャンパーニュをグラスに注ぐのを、オレは複雑な気持ちで眺めていた。


グラスの中でシュワシュワと音を立てて弾けるシャンパーニュの淡いゴールドの気泡越しに、紅梅と桜をイメージした二色の濃淡のピンク色に彩られた東京タワーの灯りがゆらゆらと煌めいて見えた。


とってもロマンティックなシチュエーションなのにオレの心はさっきから曇ったままだ。








「さっ、雅紀行くぞっ」   って、


女の人の誘いをあっさりと断った翔さんに手首を掴むように引っぱられたオレは、驚いて口を開けたままのその人にペコリと頭を下げると翔さんに掻っ攫われるように慌ただしくその場をあとにした。


そのあとは翔さんの運転する車で、翔さんがオレのために予約してくれたレストランと、そのあと初めてのバレンタインの夜をふたりっきりで過ごすために用意してくれた部屋があるホテルへと向かった。


そして今、オレはホテルのレストランでシャンパーニュの入ったグラスを片手にテーブルを挟んで翔さんと向かい合っている。


だけど翔さんと “この瞬間” “この場所” で、こうしているのが本当はオレなんかじゃなくてもっと違う他の誰かだったんじゃないかって……、どうしたってそう思えてくる。


少なくともさっきの女の人の方が男のオレなんかよりも遥かに翔さんの隣に相応しいはず。
バイの翔さんならば、そんな選択肢を選ぶことだって出来たはずなのに。
 

さっきからそんな想いがグルグルと渦巻いてはオレの心を曇らせていた。








「雅紀、今日も忙しかったんじゃないか?」


シャンパーニュをひと口くちにした翔さんの突然の問いかけにオレは、


「えっ⁉︎ ……あっ、う、うん」



咄嗟についたオレの下手くそな嘘など翔さんにはすべてお見通しなのだろう、片方の口角だけが上がった笑顔はどこか含みがあった。



「そっか。お疲れさんだったな。だけど無理にバイトなんてしなくてもいいんだぞ?雅紀ひとり養うくらい、なんてことないんだから」


「うん、ありがとう。
でも、別に無理してるわけじゃないよ」


「そっか。それならいいんだ」


「翔さんの気持ちはありがたいって思ってる。家にだってただで置いてもらってるんだもん、感謝してるよ。

だけど、せめて自分の食べる分くらいは自分でどうにかしたいって思ってるんだ。
だから学校に通うようになってもバイトだけはちゃんと続けたいと思ってる」


「そっか、うん。わかったよ」



俯き加減のオレの顔をじっと見つめながらグラスの中の残りのシャンパーニュをひと息に飲み干した翔さんが、空いたグラスをカタンッと音を立ててテーブルに置いた。

少しの苛立ちを孕んだその音にビクッとなったオレは思わず顔を上げた。



「なぁ雅紀、なにか俺に聞きたいことがあるんじゃないのか?」


「……へっ?聞きたいこと?」


「あぁ、そうだ。なんでも聞いていいんだぞ?せっかくの夜なのにいつまでもそんな顔されてちゃ堪らないからな」


「……っ、ごめんなさい……オレ……」






〝蛇に睨まれた蛙〟だなんて例えたら翔さんに怒られるかもしれないけれど。

でもその時のオレはまさしくその言葉がピッタリな状況で。



オレだって初めてのバレンタインの夜をこんな気持ちのまま過ごすなんてゴメンだよ。


オレは意を決して顔を上げると、真正面に座る翔さんの顔を真っ直ぐに見つめながら恐る恐る口を開いた。



続く ・*:・゜゚・*:.。.☆