【誇れる未来】Imagine there is no heaven... | 石ヶ森久恵のブログ

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脳全体を活用する。どのような場面、職場においても基礎力となる「ポータブル・スキル」として!

そういえば今日は、ジョンレノンの命日でした。

ちょうど受験勉強真っ最中だったので、
オールナイトニッポンのパーソナリティがなぜか代わってるな、
ビートルズばっかりかけてるなぁと、
1時間くらい気付かなかった記憶があります。
ようやくレノンが亡くなったと分かった直後にかかったのが、
このIMAGINEでした。

いままだレノンに誇れる世界を作れていないけど、
あのときよりももっと明確に、その世界を目指しているよ、
ということはできるようになったかも…。

http://youtu.be/DVg2EJvvlF8


本当のサスティナブル(持続可能性)って、7世代後の子供たちのために
自分が今、何ができるかってことなんだなと思う。
その時、彼と我があるとしたら、
違いを個性として認めあえる世界になっていて、
有限のものを奪い合うのではなく、
無限にものを生み出せる知恵と節度を身につけているかもしれない。

もし私達が無限の存在、つながりあった一つの存在、
ワンネスであることが本来の姿だったとしたら、
なぜこの、時間も空間も有限である
人間という体を持つことを選んだのか…。

それはそれぞれが時間、空間的制約の中で、
異なった思考や感情や経験のバリエーションを持つことで、
より多くの可能性を生み出そうとしたからなんじゃないか
と、考えてきました。

なぜより多くの可能性が必要だったのか。

地球上に870万種の生物がいる中、たぶん創造性(クリエイティビティ)
を備えた種は人類だけだろう、と思われます。

人類に役割があるとしたら、
そのクリエイティビティを発揮して、
地球号に住む他のあらゆる生物、これから生まれてくる生物にとっても
幸せな環境を作ることなんじゃないか。

人類がいなくなった地球に住むゴリラは幸せか?
という命題に、
人類がいる地球に住むゴリラのほうがより幸せだ、と答えられるように…。

私達の隣人である他の種や、地球という生命体に
この知恵を持って還せるものを一つずつ生み出していきたい。

…と思うのです。


そして、1941年の今日、日本時間で真珠湾を攻撃した日でもあります。
いま、政府や国際政治にふがいなさを感じることがあっても
それすらもわれわれが再び過ちを犯さないために、何の行動ができるか、
という問いかけのために準備されているとしたらいかがでしょう?

あの時、凝り固まって何もできなかったのは政府だけでしょうか?
そして今も同じ状態だとしたら、自分に何ができるでしょう?

人を変えることはできません。
しかし自分は変わることができる。
自分が変わって見せることで、人も動くとしたら、何をすればいいのか。

さまざまな主張方法はあるでしょうが、
例えば先日、政府に抗議の焼身自殺をされた尼僧の方の
痛ましい映像がシェアされていました。
私達が世界の、歴史の一部であるとしたら、
自分や他者を傷つけることで何かの主張をしようとすることは、
自分が守ろうとしている世界の一部を傷つけることになるので、
サスティナブルな行動ではない、ということになります。

そろそろ過去に目を向ける問題解決の思考から、
未来に目を向け、よりよい世界像を描く思考に
切り替えるタイミングなのかもしれませんね。


政府や社会の問題を指摘する事もできるのですが、
その都度、心の中で「自分に力があったらなにをする?」と、
声が聞こえるようになりました。
つい、「あの人がこうすべきだ」と思ってしまった時は、
妙にエネルギーがわかない状態になっています。
相手にエネルギーを預けてしまっていた自分に気づいたら、
取り戻すようにしています。

自分にできることを始めると
最近は物事の回りが異常に早いですヾ(@⌒ー⌒@)ノ