【共棲考】コンピューターと人間と | 石ヶ森久恵のブログ

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脳全体を活用する。どのような場面、職場においても基礎力となる「ポータブル・スキル」として!

ツイッターではいろんなネタが拾えて取っても助かるわぁ(笑)

ということで、昔取った杵柄、コンピューターの話。


ツイッターで

「コンピューターにすべての仕事を取られてしまう。

 仕事がなくなって失業しちゃう」

というカキコを見て…。


本当にそうかな?

私はコンピューターの得意な仕事は

やってもらったらいいんだと思います。

その分自分の脳が空くので、

新しい仕事を作り出す、というか、

やりたいことをする時間が作れる、と思う。



私がコンピューターを初めて意識したのは

中学1年の時。

その時代、コンピューターといったら

汎用機のことしかささなかった時代。

ある日、我が家に100万円の機械の箱、

パーソナル・コンピューターPC8800が来た。

その時からのつきあい。


その頃は言語といったらBASICしかなくて、

ドット絵だったから、

ああ、コンピューターってやっぱり0か1かの

世界なんだなって思っていた。


それから私が受験戦争を駆け抜けている間に

コンピューターは大幅に進化して、

100万円から50万円くらいになっていた。

大学に入り、15万位するワードプロセッサを

個人では買えるか買えないか、と悩んでいたころ、

私の大学の研究室では、いかに人間の論理性を

コンピューターに教え込むか

――いわゆる「人工知能」というものを

論理学、言語構造の面から研究していた。




そのころに、私のコンピューター観は形成されていました。

わたくしがコンピューター屋を職業として選んだのは

これからの世界、コンピューターが不可欠のインフラとなり

絶対食いっぱぐれることはあるまい、と思ったことが一つ。

そして、もうひとつの動機は、

いかにコンピューターに人間様の代わりを

させることができるのか、追求したかった、ということ。



当時私は小説を書きたかったのです。

そのために最大限時間を使いたかった。


コンピューターは私の脳が苦手としていることを

肩代わりしてくれます。

私は嫌いな大量計算処理や、

いるかいらないかわからないけどとっておく

くずデータの記憶はコンピューターに任せてしまいたい。


そして、できた時間で

コンピューターには絶対できない

私という唯一無二の頭が考えた小説を書く時間を

作りたかったのですv


脳を外部化したコンピューターはパターン認識に優れているけど、

アイディアの飛躍は難しい。

アイディアは既存の知識と新しい知識の組み合わせ。

そして、人類の歴史の中で生まれた既存の知識と

これからの人類が経験する新しい知識は膨大にある。


脳の活動は、

その人個人の経験の集積の上に成り立っています。

ほんの一秒を切り取っても、感覚、感情、思考、その他

大量の情報が経験として蓄積されていきます。

それらがどう他のアイディアとつながるか、

すべてのパターンを洗い出し、

計算しつくせるコンピューターというものが

出現するにはまだ時間がかかるのではないかと。
そこだけは人間の領分だと思うのですがいかがでしょう?

1997年、チェス世界一の王者が、コンピューターに敗れるという

地味ながら、重大な事件が起きました。

この年、Googleが世界にデビューし、

いよいよインテリジェンスの時代が幕を開けました。

コンピューターには決してできない、

アイディアとセンスの時代。

しかしその時代はコンピューターというパートナーがあってこそ、

実現できた時代なのです。


相手は0か1しかわからない赤ん坊。

言われたことを言われたとおりにしかできない

できの悪い子なので、皆さんも可愛がってやってくださいね。