若いころには、小説家になりたくてしかたなかった。
いまは、小説家という職業には、興味がなくなった。
すっぱい葡萄なのかもしれないが、
あまり大して、儲かりそうにもないからである。
私は、業界誌で働いたことがある。
場末の小さな出版社で、
しかも文化系ではない。
もらう広告の大きさで、企業への褒め言葉が変わる、
やや会社ゴロの臭いがしないでもない出版社だった。
ある日、事務所の電話が鳴って、
私しかいなかったので受話器を取った。
すると、一流とは言えないが、
名前を聞けば、誰でも知っている作家から、
「何か仕事はありませんか?」という言葉を聞いた。
文化系の出版社ならともかく、
こちらは、名もなき怪しげな業界誌である。
かなりショックを受けた。
社長に聞いてみると、以前イベントを主催したときに、
一度だけ原稿依頼をしたことがあったという話だった。
原稿料は高かったけれど、イベントにあわせて、
それなりの記事を、
ちゃんと書いてくれたそうである。
過去に出版された本の数も相当なもので、
印税だけでも十分食べていけるはずなのに、
どうして、仕事を探しているのかわからなかった。
金だけで憧れていたわけではないが、
それ以来、なんとなく小説家への夢は、しぼんでしまった。