もし、エネルギーが足りないと感じるのなら

 

得意なことだけをやってみてもいいのかもしれません。

 

 

得意なことなら、少ないエネルギーで多くのことが来ますよね。

 

苦手なことをやっていては

あるいは、やろうとしていては

 

エネルギーは足りなくなるのが当然なのかもしれせん。

 

 

自分は何が得意なのか考えてみましょう

 

 

小学生の頃、どの教科が得意でした?

どの教科が苦手でした?

 

 

苦手なことをやっていませんか?

やろうとしていませんか?

 

 

 

スピリチュアルのメッセージには大きく分けて

4次元からのメッセージと5次元からのメッセージがあると言えると思います。

 

大抵のメッセージはその中間といった印象です。

 

 

4次元には精神的な世界にフォーカスがあり

5次元にはそもそもフォーカスがありません

 

ちなみに3次元は物質にフォーカスがあります

 

 

 

3次元の観点からは4次元は見えず

 

4次元の観点からは3次元を見ることはできるけど5次元を見ることができない

 

5次元の観点からは3次元と4次元の両方を見ることができるけど

物質も心も共に同じエネルギーのためその二つを別に扱うことはおそらくない

 

 

4次元には個人があり

 

5次元には分離がない、物質的にも精神的にも

 

4次元意識は、自身の成長を目的としているけど

 

5次元には目的が存在しない

 

 

 

4次元と5次元の間には大きな隔たりがあるように感じます。

 

 

 

 

人間には無限の可能性があると言われます。

 

 

どんな意味でしょう?

 

 

 

私はこれまで、「何だってやればできる」っていう意味だと思っていました。

 

ポジティブな意味で

 

おそらく、そういったポジティブな意味合いで多く使われている言葉ではないかと思います。

 

 

もしあなたがポジティブな傾向がある人なら

 

そう信じているかもしれません。

 

 

もしあなたがネガティブな傾向がある人なら

 

そうは信じられないかもしれません。

 

 

 

 

 

 

今私が思っているのは

 

「どっちだってありえるよなぁ」ってことです。

 

 

 

「やればできる」といいます

 

でも実際は

 

やってできることもあるし

やってもできないこともある

 

 

「継続は力なり」といいます

 

でも実際は

 

力になることもあるし

力にならないこともある

 

 

「やってみないと分からない」といいます

 

でも実際は

 

やってみて分かることもあるし

やっても分からないこともある

 

 

 

ポジティブシンキングは半分本当で半分は嘘

ネガティブシンキングも半分本当で半分は嘘

 

 

半分ずつを信じるくらいがちょうどいいのかもしれません

 

ポジティブになりすぎるのも厄介かも

 

 

ということで人間の可能性とは

 

「どっちもありえる」

 

かな