私が舞台鑑賞にはまるきっかけになったのが、92年の『ミス・サイゴン』初演。帝劇で観た豪華な舞台セット、美しく奏でられる生演奏の音楽、そして市村正親の客席を圧倒する演技が、ベトナム戦争の被害者である悲しい悲しい主人公キムの人生を際立たせ、舞台というのはこんな感動を経験できるのかと教えてくれたのがこの作品。

 

 2016年に再演されたので観にいった。後に撤回されるが、市村エンジニア・ファイナル公演と銘打たれた本公演。一昨年のサイゴンでは、ガンで市村が降板したため、一昨年は市村エンジニアを観られず、今回は、どうしても市村で観たいと思っていたのが、チケットが入手できず、また仕事の都合で市村の出演回にどうしても行くことができずに残念。ダイヤモンド☆ユカイがエンジニアを演じた公演を観にいった。

 

 今回のサイゴンは、登場人物がとにかく怒る。全編にわたって誰かが怒っているような舞台だった。音楽は相変わらずいい。シェーンベルクは『レ・ミゼラブル』で有名だが、この『ミス・サイゴン』の方が音楽としては美しく、そしてミュージカル初心者の耳に心地よいのではないだろうか。そんな美しい音楽でつづられる物語は壮絶。ベトナム戦争に翻弄された人々を描く話ゆえに、常に登場人物たちは過酷な状況を生きている。先に登場人物たちは常に怒っていると書いたが、戦争とはそういうものなのだろう。常に何かに怒り、常に、自身の欲望をコントロールしなければならないがコントロールできない。それが戦争なのだろう。兵士達は人を殺すのである。人を殺すためにベトナムに来たアメリカ人兵士と、戦争下で生きるベトナム人たちの日常は、気も休まらず、落ち着くことなど無いはず。それが怒りという感情につながることを描いた今回の演出は、戦争の異常さを観客である我々に突きつけた。

 

 また人の親になってはじめてみたこのサイゴンは、やはり主人公キムの息子タムを涙無しでは観られない。一幕ラストの『命をあげよう』を涙無しでは観られない舞台となった。タムが私自身の息子とそう変わらないチビである。ゆえに、タムのことを思うだけで今でも涙がこみ上げてくる。

 

 ダイヤモンド☆ユカイのエンジニアがとにかく魅力的であった。はっきりいって、これまでのエンジニアで魅力的なのは市村のほかは笹野高史くらいで、筧も、別所も、橋本もいまいち。芸達者な彼らでも2幕のエンジニアの見せ場『アメリカン・ドリーム』が長く感じられた。駒田のエンジニアは、全編に渡って人間としてまったく魅力を感じないエンジニアでミス・キャストだった。

 一方、ダイヤモンド☆ユカイのエンジニアである。「農業、セックス、ロックン・ロール」や「ギラッチ」という謎の名言を残している彼だが、いい加減にノリでそんなことを言っているとも思えず、彼は物事をよく考え、真面目で、そして優しく素直な人柄なのではないかと、彼をテレビで見るたびに思っていた。要するに、私の彼への好感度はこのサイゴンを観る前から高かったわけだが、この舞台を観てますます彼が好きになってしまった。かといって、他のミュージカルにダイヤモンド☆ユカイが出ていたら観にいくかといわれると、微妙である。今回のダイヤモンド☆ユカイは、見事にエンジニアにはまっていた。あの赤いジャケットは私物だろうと思わせるくらい似合う。そしてテレビで見るダイヤモンド☆ユカイにしかみえないダイヤモンド☆ユカイが、エンジニアなのである。エンジニアはダイヤモンド☆ユカイといっても過言ではない。ダイヤモンド☆ユカイってちょっと変だよね。真面目に現実と向き合っているんだろうし、彼の美学で生きているんだけど、ま、なかなか自身の知り合いにはいないキャラでしょう。それがこのエンジニアにはまる。どうみてもダイヤモンド☆ユカイなんだけど、アメリカにかぶれ過ぎてああなっちゃった(ダイヤモンド☆ユカイみたいになっちゃった)人=エンジニアにピタリとはまる。戦争でみんなが怒っているなかに、ロックンロールというあのダイヤモンド☆ユカイがいる違和感。でも彼は彼でこの戦争の世の中を懸命に生きている。そしてかぶれすぎたアメリカに行くために手段も選ばないダイヤモンド☆ユカイ。ダイヤモンド☆ユカイの違和感がエンジニアの違和感と、はまることでますます魅力的なエンジニアになった。なんで、こんなアメリカかぶれなんだろう、なんでこんなにダイヤモンド☆ユカイなんだろうと、思って全編観ていた。そして、全編彼は全力でエンジニアとして生きていた。歌手が演じたミュージカルとは全く違う。マルシアが初めて『ジキルとハイド』にでたときのようなハマりよう。作品に向き合い、物語を生きたダイヤモンド☆ユカイのエンジニアは、全編魅力的、そして『アメリカン・ドリーム』も聞かせる。彼がどうしてこんなにアメリカにかぶれて、ダイヤモンド☆ユカイになってしまったのかをあの1曲でダイヤモンド☆ユカイは客にぶつけてきた。今回はこのエンジニアと壮絶な『ミス・サイゴン』の旅をした。つらい物語だけど、ダイヤモンド☆ユカイがいなければ、このつらい物語に最後までおぼれることはできなかったように思う。市村のエンジニア続投も嬉しいが、ダイヤモンド☆ユカイのエンジニアが再演されることを切に願う。