母が体調不良を訴えるようになったのは2014年の夏くらいだった。
 食事をした後に、どうもつっかえて入っていかないのだと訴えていた。
 
 僕達家族は、皆一様に病院に行って検査をすることを進めたが、母は頑として病院にいくことを拒み続け、体調は悪化の一途を辿り、2015年12月10日、歩行も困難になって始めて病院に行く事になった。

 検査の結果、胃癌の末期であり余命3ヶ月と診断を受けた。
 腹膜播種から腹水がかなり溜まっており、手術不可の進行癌。
 抗がん剤も現在の母の体力的にはギリギリだという話だった。

 母が、病院に行かなかった理由は、その臆病な性格にあったと思う。もし、とんでもない病気であったらどうしようと言う不安。
 だから、何でもないのだと自分に言い聞かせ、病院に行かなかった・・・。

 過去を見ていても仕方がないが、とても悔やまれる話だ。家族として、口をすっぱくして病院に行くように言ってきたけれど、母の内心の不安を取り除き、支えてあげるというよりは、上から目線で病院に行けとだけ言い、母の気持ちをわかってあげられなかった。
 
 不安や恐怖を取り除いてあげるというよりは、その真逆で「何かあったらどうするんだ」「さっさと病院に行って調べて来い」「具合悪い姿を見せるな、迷惑だ」といったような態度で、接していた。

 母は、そんな家族の態度に反発するように、具合悪いのを無理に元気な振りをして、体をごまかしながら生活していたんだと思う。

 ついには、歩行すら困難になるまで・・・。

 しかし、こうなってしまった以上は、今できることをやるしかない。

 母が、末期の胃癌である事がわかった12月10日。大きな衝撃を受けた僕と父はまず、母の性格を考慮して末期の癌である事を伝えないことにした。
 母は、表面上で見せる強気な姿勢と違って内面は酷く臆病だ。下手に末期の癌だと伝える事は、かえって生きる気力を失わせかねないと判断したためだ。

 姉は、全てを伝えるべきだと言っていたが、一緒に暮らす側の判断に従って貰うことになった。これは、正しかったかどうかはわからないけれど、母の状態を見ていると伝えようとは思えなくなる。

 12月11日。検査入院と言う形をとって、市内の大病院に入院。けれど、手術不可の進行癌ということで、積極的治療をしないとの方針が示され、ホスピスの紹介を受けた。

 12月18日退院。
 母の状態的に退院なぞありえないだろう?といった状況だが、病院としては厄介払いという感じなのかもしれない。

 しかし、これは、入院中からそれとなく感じていた雰囲気であったし、仕方ないのかもしれない。僕と弟は、そうなるだろう事を見越して、どこかに光明がないかとネットや本屋などを調べまわっていた。

 進行癌末期の患者に出来る治療と言うのは限られている。

 それでも、可能性を信じてやれることはすべてやるという決意の元、東京の複数のクリニックを訪れた。

 家出できる事も調べつくした。
 食事療法から、足湯、水素、漢方、運動・・・。
 
 今現在、東京のクリニックで腹水を抜いて、それをろ過したものを体内に戻し、お腹の張りがなくなった事で、元気に見える母だが、これからが正念場に鳴るだろうと思われる。

 別のクリニックで、ワクチン治療を今後行っていく事になっているけれど、それまでの期間に現状を維持できるかがポイントのように思う。

 現在の手術不可、抗がん剤微妙と言うラインを、普通の癌患者が受けられる治療ラインに戻したい。
 後は、本人の気力次第だろうけれど、僕達家族は全力でそれを支えていこうと思ってる。

 きっと良くなる、ますます良くなる、どんどん良くなる!

 ありがとうございます、ありがとうご
ざいます!