空梅雨の文月。

なれど、『大河の一滴』は、未だ枯れず‥。

ただ芝浦が、恋しい。
あれは、ホタル。

鬼火ではないわ‥。


今宵も、五月闇は、花冷えの頃のように、冷たく澄んでいる。

濡端間の闇の粘り着くような妖しさは、微塵も感じられない蛍刈り。


月も無い空を映した水田は、透明なセロファンを大地に貼りつけたかのようだ。

敏感になった嗅覚が、干し草のにおいに混じる細胞の死を嗅ぎ取る。


灰白い無数の光りが、叢で、音もなく明滅を繰り返している。

まるで、得体の知れぬ巨大な剛獣が、くちくなった腹をかかえ、気怠そうな呼吸で横たわっているかのようだ。

或る種漂う不気味さに、軽い怖じ気が生まれる。


はぐれ火が、ゆらりと、草幽玄を舞う。


『螢の光には、身を焦がせる熱はない。』


祖父の言葉が、ふと、浮かぶ夜。

身を焦がす恋もない。



















赤い星が、宙を行く。

月の姿は、まだ、宙に無く、闇は、靜かに佇んでいる。

夏とは名ばかりの冷たい夜。

まるで、死神と同衾しているかのようだ。


やがて、東の空に姿を現すだろう鎌のごとき月に、魂の緒を刈られまいと、カーテンを閉め直す。

蚊が、1匹、虚ろに、空を切る。

あの頼りない生き物は、思いの他、生きる事に貧欲で、己を叩きつぶそうと、躍起になっている、この間抜けな暗殺者の両の掌をかわしては、からかうように、肌を狙い攻撃を繰り返す。

とてつもなく膨らんだ腹を透かして見える赤は、さっきまで、私の身体に流れていた生命の一部だった‥。

小帝が、生まれる前は、蛟も、生きる為に必死なのだろう。好きなだけ吸えと、苦にもしなかったのに、今や、とてつもなく卑劣な吸血鬼に思えるから、不思議なものだ。

「冬の入りだったら、あはれ蚊と、見逃してあげられたのに、うまれたタイミングが、まずかったわね。」

ここで会ったが百年目と、力無く飛ぶ蚊を追いかけた視線が、何もない壁にぶち当たって、悔しさにかわる。


靜まった闇が、赤い星の妖しさに染まる。


父の遺体に止まっていた蚊の飲んだ血は、どす黒かった‥。

あの蚊は、父の最後の生を吸ったのか、それとも、始まりの死を吸ったのか‥。

蚊の生き様に、懐かしい父と、死を思う。


父の死に顔は、美しかった。そして、死に様も、美しかった。

私は、どんな死に様を晒し、この世を去るのだろう。

願わくば、老醜だけは晒さずにすむ人生でありたいと、早逝を望む夏。

有明けの月が、昇る。