あれは、ホタル。
鬼火ではないわ‥。
今宵も、五月闇は、花冷えの頃のように、冷たく澄んでいる。
濡端間の闇の粘り着くような妖しさは、微塵も感じられない蛍刈り。
月も無い空を映した水田は、透明なセロファンを大地に貼りつけたかのようだ。
敏感になった嗅覚が、干し草のにおいに混じる細胞の死を嗅ぎ取る。
灰白い無数の光りが、叢で、音もなく明滅を繰り返している。
まるで、得体の知れぬ巨大な剛獣が、くちくなった腹をかかえ、気怠そうな呼吸で横たわっているかのようだ。
或る種漂う不気味さに、軽い怖じ気が生まれる。
はぐれ火が、ゆらりと、草幽玄を舞う。
『螢の光には、身を焦がせる熱はない。』
祖父の言葉が、ふと、浮かぶ夜。
身を焦がす恋もない。
鬼火ではないわ‥。
今宵も、五月闇は、花冷えの頃のように、冷たく澄んでいる。
濡端間の闇の粘り着くような妖しさは、微塵も感じられない蛍刈り。
月も無い空を映した水田は、透明なセロファンを大地に貼りつけたかのようだ。
敏感になった嗅覚が、干し草のにおいに混じる細胞の死を嗅ぎ取る。
灰白い無数の光りが、叢で、音もなく明滅を繰り返している。
まるで、得体の知れぬ巨大な剛獣が、くちくなった腹をかかえ、気怠そうな呼吸で横たわっているかのようだ。
或る種漂う不気味さに、軽い怖じ気が生まれる。
はぐれ火が、ゆらりと、草幽玄を舞う。
『螢の光には、身を焦がせる熱はない。』
祖父の言葉が、ふと、浮かぶ夜。
身を焦がす恋もない。
赤い星が、宙を行く。
月の姿は、まだ、宙に無く、闇は、靜かに佇んでいる。
夏とは名ばかりの冷たい夜。
まるで、死神と同衾しているかのようだ。
やがて、東の空に姿を現すだろう鎌のごとき月に、魂の緒を刈られまいと、カーテンを閉め直す。
蚊が、1匹、虚ろに、空を切る。
あの頼りない生き物は、思いの他、生きる事に貧欲で、己を叩きつぶそうと、躍起になっている、この間抜けな暗殺者の両の掌をかわしては、からかうように、肌を狙い攻撃を繰り返す。
とてつもなく膨らんだ腹を透かして見える赤は、さっきまで、私の身体に流れていた生命の一部だった‥。
小帝が、生まれる前は、蛟も、生きる為に必死なのだろう。好きなだけ吸えと、苦にもしなかったのに、今や、とてつもなく卑劣な吸血鬼に思えるから、不思議なものだ。
「冬の入りだったら、あはれ蚊と、見逃してあげられたのに、うまれたタイミングが、まずかったわね。」
ここで会ったが百年目と、力無く飛ぶ蚊を追いかけた視線が、何もない壁にぶち当たって、悔しさにかわる。
靜まった闇が、赤い星の妖しさに染まる。
父の遺体に止まっていた蚊の飲んだ血は、どす黒かった‥。
あの蚊は、父の最後の生を吸ったのか、それとも、始まりの死を吸ったのか‥。
蚊の生き様に、懐かしい父と、死を思う。
父の死に顔は、美しかった。そして、死に様も、美しかった。
私は、どんな死に様を晒し、この世を去るのだろう。
願わくば、老醜だけは晒さずにすむ人生でありたいと、早逝を望む夏。
有明けの月が、昇る。
月の姿は、まだ、宙に無く、闇は、靜かに佇んでいる。
夏とは名ばかりの冷たい夜。
まるで、死神と同衾しているかのようだ。
やがて、東の空に姿を現すだろう鎌のごとき月に、魂の緒を刈られまいと、カーテンを閉め直す。
蚊が、1匹、虚ろに、空を切る。
あの頼りない生き物は、思いの他、生きる事に貧欲で、己を叩きつぶそうと、躍起になっている、この間抜けな暗殺者の両の掌をかわしては、からかうように、肌を狙い攻撃を繰り返す。
とてつもなく膨らんだ腹を透かして見える赤は、さっきまで、私の身体に流れていた生命の一部だった‥。
小帝が、生まれる前は、蛟も、生きる為に必死なのだろう。好きなだけ吸えと、苦にもしなかったのに、今や、とてつもなく卑劣な吸血鬼に思えるから、不思議なものだ。
「冬の入りだったら、あはれ蚊と、見逃してあげられたのに、うまれたタイミングが、まずかったわね。」
ここで会ったが百年目と、力無く飛ぶ蚊を追いかけた視線が、何もない壁にぶち当たって、悔しさにかわる。
靜まった闇が、赤い星の妖しさに染まる。
父の遺体に止まっていた蚊の飲んだ血は、どす黒かった‥。
あの蚊は、父の最後の生を吸ったのか、それとも、始まりの死を吸ったのか‥。
蚊の生き様に、懐かしい父と、死を思う。
父の死に顔は、美しかった。そして、死に様も、美しかった。
私は、どんな死に様を晒し、この世を去るのだろう。
願わくば、老醜だけは晒さずにすむ人生でありたいと、早逝を望む夏。
有明けの月が、昇る。
