突然の轟音で、跳ね起きる。

ごぉごぉと、闇を襲う水音は、まるで、巨大な瀑布の滝壺に立ったかのようだ。

いつから、雨は、こんなに凶暴になったのか…。

壊れた地球に棲息している現実が、妙に、切なくて、生きていることが、虚しくなる。

小帝も、生きるに虚しさを感じ始めているらしい。

YouTubeで見つけた、東本願寺のモノだという経を、正座、合掌し、神妙な面持ちで、繰り返し聴いている。

こいつ、神童なのか、それとも、単に、爺臭いだけの、餓鬼なのか‥。

うむぅ‥精神年齢では、追い抜かれているかもしれない。

口達者な小帝に、言い負かされては、『おうちに帰る!』と、喚くさだると言う女を持て余し気味の三歳児に『だっこしてくれなきゃ、嫌!許さないもん!』と、すねてみる。


『お前は、幼稚園児か。』と、窘める芝浦の声が、聞こえてくるようだ。


今年も、また、蝉が、死に転がっている。


季節変わりには、いったい、どれだけの、生物が、その一生を終えるのか。


去っていく夏の、悪あがきを憐れんだのか、薔薇は、咲いた。

薄絹を幾重にも重ねたような柔らかな花弁が反射する光りは、存外、硬質で、強がる事でしか生きられない女を思わせる。


『だから、華潭‥かふか‥よ。どう?素敵な名前でしょ?』

品種のわからないのを、これ幸いと、軽い蔑みと、自虐を積んだ名を、薔薇に、押し付ける。


屹度、私は、この花の、清楚で、しかも、どこか耽美な咲き姿に、嫉妬しているのだ。


花襞に生まれる淡い翠の影の無垢と傲慢に、身悶える夏の終わり。


『お父さんも嫌い。お母さんも嫌い。さだるだけ、大好きだよ。』と、背後から抱きしめてくれる小さなぬくもりに、僅かに、胸の痛みが生まれる。


『たっちゃんは、大好き。でも、たいちゃんが、もっと好き。』

口に出きない想いが、小帝への罪悪感に、変わる午後。
心が、夜を忘れていた‥。

スーパーマーケットの駐車場で、悶々一家を待ちながら、ただ、そう思った。


欅並木下の闇に、ぽっかりと浮かんだ道路向こうの喫茶店の窓明かりが、異世界を感じさせる。

日が暮れてからの外出は、久しぶりだ。


誘蛾灯に飛び込んだ虫の、命の費える音が、鼓膜に刺さる。

ああ、やっぱり、季節は夏だったのだ。

サンダル履きの足先が、貪り喰おうとしているのは、灼熱の余韻。

今浦島のようだな‥浮かんでくる薄い笑い
が、少し苦い。

梢を渡る生暖かい風の息遣いが、『愛して
いる。』と、囁いたあの低いかすれ声を思い出させる。

貴方を愛したのは、私の間違い。

だから‥死ぬまで、そして、死んでも好きやわ‥たぶん‥ね。

街灯が照らす金木犀の影の形にさえ、芝浦の男の肩のラインを見出す夜。

疼く事も忘れた恋だから、尚更に、愛おしい。



『お父たんは、さだるとお話しちゃだめ。だって、たっちゃんのさだるだから。』

小さな恋人の嫉妬と束縛が、心地良く魂をくすぐる夏。


無上と無償を着せ掛けた、この想いをこそ、愛と呼ぶものなのかもしれない。


今宵は、なぜか、母が恋しい。

嫌悪でしか無かった女‥。

それを恋うることは、自分への裏切りであると、反逆者扱いする自分が居る。

寝静まった闇をala pugaciovaのmillion  rosesで飾り、熟れた桃の皮を剥ぐ。

つるりとした果肌が、梅雨を吸い込んで冷たい。

ラフロイグを一滴滴らせ、下戸の母が、唯一好んだアルコールを使った桃のレシピを再現してみる。

淋しさと、心許なさと、腹立たしさが、喉を滑り落ちて、胃の腑を叩く。

母の記憶の中に、私は、一欠片も残らなかった。

なぜ産み落としたのかと責めることさえ、
出来なくなった今も尚、記憶から消えぬ母。

貴女の娘でよかったと思った事は、一度も無い。

それでも、大切な存在であったと否定が出来ぬ私は、なんと愚かな娘なのだろう。

手の甲に現れる細かな皺は、介護で着いた指の筋肉が落ちたせい。

それが母が去っての年月‥孤りになっての歳月。

生きることの辛さより、皺の方を苦と思う私は、親不孝者に違いない。