虫に刺された跡が、あまりに酷い。右腕全体が腫れ上がり、腫れが退くどころか、刺し口が、紫色に変色してきた。

そのせいか、どうかわからないが、一歩毎、地面に足が着く度に、身体に震えが走る。

急遽、休みを取り、社から、近い皮膚科へ直行する。

ステロイド剤と、看護師お手製の湿布と、飲み薬を処方され帰宅。

ああ。この湿布は…。
アレルギーの酷かった父が、毎夏、処方されていた物だ。

そうだ、あの皮膚科は、父の掛かり付けだった。

不意打ちをされたような思い出に、父恋しさで、涙が出る。

右腕に巻かれた包帯の白さに、医者に掛かれるだけになった自分の暮らしを寂しくも思う。

自分の身だけを考えれば良くなった…。

母を抱えていた頃は、一日で31万なんてことも有った何百万と言う、超高額な治療費の支払いに追われ、自分の事など、そっちのけだった。

「医者に行け。」と、言う、芝浦の勧めにも、躊躇していた。

やっと、楽になった頃には、自分の人生の命の期限が、そこに見えている。

この人生のどこが、最強運なのだろう。

それでも、世間一般の人間が、俄かには、信じられないほどの、桁外れの男を父に持てた。

私が、審美眼に優れていると、その道の玄人に驚かれるのも、最高のものばかりを与えてくれた父のおかげだ。

人生は、差し引き零だと言う。

だから、それで、ヨシとしよう。と、薬袋に思う夏。

ほのかに、父の思い出の香りがする部屋の中。

薬のにおいを父の気配に、すり替えてみる午後。