最近は安売りDVDが本屋さんのコーナーや、へたすると、ホームセンターの片隅にも

あります、ちょっとのぞくと、世界中の名画が勢ぞろい。

その中でも、チャップリンの全集なんかが、なんと2,980円で買えます。

ウチのDVDのタンスの中にも入ってます。

「街の灯り」あり、「ライムライト」あり、あの有名なスピーチの「独裁者」あり。

そのスピーチのせいでアメリカ追放となってしまいましたが。後に拍手大喝采で向かえアカデミー

賞をあげたりするんですが、そのトロフィをドアストッパーにした話は有名です。

映画ファンならずとも、世界の喜劇王チャップリンの山高帽を被った独特なスタイルは知っているは

ず。ロックミュージシャンで言えば、プレスリーでしょうか、比較するのはおかしいですね。

プレスリーは世界中のロックミュージシャンのあこがれの人物です。チャップリンは

 世界中の喜劇役者の指針となった人と言っても過言ではないでしょう。でもチャップリンは

喜劇役者の枠を超え、世界中の人に人間とは平和とはを唱えた人でもあるんです。

こんなことはいまさらワタシがここに書かなくても誰もが知っていることです。

 ただ、チャップリンの運転手であった、高野虎市さんという日本人をご存知でしょうか?

偉そうな知ったかぶりはいたしません、かくゆうワタシも、一番好きな映画「独裁者」がらみで

虎市さんのことを知りました。さすが、連れ合いはフルネームで彼の事を知っていました。

 1900年、若干15歳で、廣島から移民として渡米した貧しい一青年です。

当時は移民の三分の一は廣島県人といわれるほど、廣島からの移民が多かった時代です。

夢をいだいて、渡米するも、当時の日本人の仕事と言えば、メイドやクリーニング店の店員か

農作業の下働きです。

その、その他大勢、肉体労働者の一人であった虎市さんは、カタコト英語ではなく、独学で

英語を学び、運転免許を取得します。大きな会社の社長付きの運転手となりますが、ある日

彼が31歳の時、新聞であのチャーリー・チャップリンが運転手を募集していました。


「ほう、車の運転ができるの?」という彼独特のユーモアで、幸運にも面接に合格、東洋人である

虎市さんは晴れて、喜劇王チャップリンの運転手となります。

ところが、彼の才能は、イギリス人であるチャップリンをも驚かすほどのユーモアを解する

東洋の人間であり、しかも運転だけではない、身の回りの世話をはじめ、彼の手紙の処理や電話の

管理、ついには経理さえもみごとにやってのけます。まもなく虎市はチャップリンの秘書となり

ます。もともと小泉八雲の「怪談」を読み、日本に興味をもっていたチャップリンですが、虎市の

陰日日向のない誠実な仕事ぶりと一途な心に触れ、日本人を深く信頼し始めます。

なんと、使用人17名、全員が日本人であったといいます。


 「みながみな、親切で正直だ。何をやるにつけ信用ができる。そのため自然と日本人が

  好きになった。こんな人たちを作り出している日本という国は一体どんな国だろう

  一度言ってみたいものだ」と思い始めました。


 しかし、18年間、虎市が50歳になる前に、この信頼関係は破綻してしまいます。

原因は彼の妻ポーレットの浪費癖を虎市が注意したことに発します。

世界の喜劇王チャップリンは何度も結婚離婚を繰り返した男性、最後の若くて綺麗な女優である

ポーレットと虎市を秤にかけてしまったのでしょうか?

名言を数多く残しているチャップリンですが、

「女性は好きだが、理解しようとすると、破滅する」と言ってます。

世界の喜劇王チャップリンも女性の前では一人の、愚かな男であったのでしょうか?

それとも、女というものは、魔性をもっている生き物なのでしょうか?

女であるワタシも女に心を許すことができません、今だ友人なしの変人です。

全ての女に公平に魔性があるとしたら、まだ魔性が表に出てこないままです。

このまま魔性が薄れたまま歳をとってしまうのは少し淋しい気がします。

ともあれ、チャップリンは虎市と別れてしまいますが、遺書に虎市を相続人の一人として

名前を書いています。

どれほど、虎市を失ったことを後悔したことでしょう、何度もオファーを重ねましたが

虎市は首を立てに振りませんでした。そこが日本人の日本人たるところだとワタシは思います。

頑固なまでに一途、こうと決めたら最後まで曲げることはありません。たとえ心の底から

チャップリンを想い、尊敬していたとしても。


さて、親日家になったチャップリンは4度も日本を訪問しています。

てんぷらが好きだったことや歌舞伎や一茶の俳句などにも理解を示しています。

世界の偉人には親日家が多くいますが、日本に来たこともないのに、日本や日本人のことを

書いたのはマルコ・ポーロとルース・ベネディクトくらいのもんでしょうか。

マルコにおいては、黄金の国ジパングはいいんですが、人の肉を食っているなど、バカげたことを

言ったり、ベネディクトにいたっては、「恥の文化」などともっともらしいことを書いていますが

中身を読むと「恥知らず文化」「罪の意識を全くもたない人種」などアメリカ人を喜ばす内容です。

ワタシは怒りではなく爆笑してしまう章が多々あります。

日本人読者それぞれが、いろんな解釈を持っていいんですが、

「菊と刀」を日本人の教科書、バイブル扱いする人を理解できません。

義理、人情、恩義、忠義心、愛国心など、日本人よりも分析をしていますが、理解はしていません。

日本人はあえて分析する必要がありません。

日本は日本人独自の精神社会で形成されているように書いていますが、70年前の日本人です。

菊を育て、刀を磨く日本人。

日本的であること、独特であること、異質だかそこには確固たるものがある。

分析はできても、理解することとは別次元であります。そこに愛があれば別ですが。

当時のルースさんが、敗戦国日本を愛を持って分析したとは思いがたい。

 さて、話がチャップリンから反れたようですが、前述した喜劇役者の枠を超えた偉人と呼ぶに

ふさわしい人物だと感動させられるのはなにも「独裁者」の中のスピーチのことだけではありま

せん。

チャップリンは日本の将来を案じてこんなことを言っています。

外国に影響され、同化されてしまった文化や精神には、何の感動もありません。

外国にはない文化、芸術、精神だからこそ、その個性的なところに惹かれ、感銘するのです。


「日本はその固有な文明、古典的芸術をあくまで保持して、外国の悪い影響を受けないで欲しい」


100年も前に、今の日本を想像していたのかもしれません。

最も、日本を愛してくれた偉人の一人でありましょう。

そんなチャップリンに恥ないような日本人であらねばと考えます。

まさかとは思いますが、チャップリンを知らない人のために

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欧米食が長い現代の日本人、こんな顔した人けっこう見かけます。

食べるモノが人を作ります。

今や、世界のセレブや知識人たち御用達の日本食を、食べましょう。

 でわ、この辺で。