本日は冬やったら小春日和って言いたいとこですが、もう春ですから春みたいでした。

 ポカポカで、長いカーディガンを着てるんですが、そんなの可笑しいくらいでした。

 せっかくやから、車でちっと遠いほうのお米屋さんに行きました。

 なんと筍を発見。物欲しそうに見ているので思い切って買いました。

 なんでも、先取りしたい性格、糠あったかなあー

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小さい、小さい、食べるのが可哀想な筍です、掘りたてみたい、切り口が湿ってた。

皮とったら、鼻くそほどしかないと思いますけど、酢味噌で食べようかなと思ってます。


この3個見てたら、この3匹、家の中でツレがカウンターにいたら、竹輪をくれると思って

並んでいます。

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猫のことよくわからないので、ブロ友のがたねぐらさんに色々教えてもらっています。

猫好きな人って、昔は犬派で、猫なんか嫌い、しっしって追い払っていた人がしかも

中年過ぎの男性が多いらしいんです。まるで、うちかたのツレのようです。

猫好きと言えば、「我輩は猫である」夏目漱石。写真家アラーキーも有名ですね。

画家にもたくさん、猫好きがいます。

熊谷守一が書いた猫なんて、そうとう猫と暮らしていないとこんなカッコウの描写はできない。

もう一人思い浮かぶのは、藤田嗣治、フランスではレオナルド・フジタと呼ばれ独特な女性を

書いて海の向こうで絶賛された画家ですが、おかっぱ頭で丸いめがね、肩には猫を乗せた自我

像はごらんになった方も多いかもしれませんね。大好きな画家なんです。

$dibbi dubbi daaなブログ     パソコンの机の横の棚
  
    大好きな人を貼ってんですよ

    藤田嗣治、ペネロペ・クルス、武田百合子

嗣治が描いた猫も素敵です。じゃあワタシって、猫好きだったのでしょうか?

去年は何年ぶりに油で猫を描いたりしました。

とにかく、猫と暮らすのは始めてなんですが、家の中で一緒に住んでいないので、

たぶん、猫の本来の姿を知らないと思います。がたねぐらさんのブログを見ると

猫達は全員お腹を上にむけて足をおっぴろげて寝ています。外で寝ていないので

敵がやってくる心配が全くないんでしょうね、野生の部分が無くなっているようです。

でも、どんなに可愛がっても猫って突然いなくなってしまうこともあるらしいんです。

そして、ひょっこり帰ってくることも。

この話は、3,4年前に石田千と言うエッセイストが書いた「月と菓子パン」という

処女作の中に「出もどり猫」というのがありまして、まさに出もどった猫の事が書いて

あるんです。目も開かないようなチビ猫を中学生だった作者がもらってきて、両親の

大反対を押し切って3年、もうすっかり家族の一員と言うよりあれだけ、毛嫌いして

いた両親がすっかり大きくなった子供達よりも、可愛くて、可愛くて目の中に入れて

育てていたにもかかわれず、家出です。

ここが猫のわからないところなんですけど。大捜索をしても、見つからず、でも諦め

てはいない両親。半年が過ぎても公園を探しにいってたそうです。

ところが、家の近くのゴミ捨て場でひょっこり痩せこけたチャーを発見、家族全員で

捕獲作業をして連れ帰ったというのです。この猫チャーは家族との再会に飛びついて

こないんでしょうか?も一つ考えられないのは、ゴミ箱じゃなくて家に帰ってこなか

った理由を述べよ!ここんちの「どこ」が気に入らなかったのか?言ってみよ!

作者は猫の習性を熟知していて、猫とはこんなもんなんだと思っているんでしょうか?

生まれた時から犬がいた生活をしてきたワタシには全く理解できないんです。

どうして、ひっこり野良猫になってしまうんでしょうか?

ここんちの両親の愛情がわからないんでしょうか?

いま、家で竹輪をほしがって3匹が並んでいますが、突然居なくなっちゃうんでしょうか?

兄と妹と2匹ですが、本当はもう1匹男の子がいましたが、クリスマスの日に居なくなって

帰ってきません、チャーのようにひょっこりと帰ってくるのかもしれません。

がたねぐらさん、猫と一緒に暮らしていらっしゃる方、教えてくださいな。

今時、電信柱なんて見かけませんが、猫探しての張り紙は八百屋さんやどっかのお家の塀

なんかに時々見ます。一緒に寝起きしていた猫が居なくなるなんて、そりゃあ淋しいはず

なら猫は淋しくないの?不思議でたまりません。

うーん、不思議をかかえたまま今夜はこの辺で。