僕にとってそれは感覚である
はっきり言って病名等は何でもいいが、あの時の感覚をどうにかまた体験したい気持ちにはなる
周りから見たら少し異常ではあるらしいが、僕からしたらその異常な感受性の高さこそが僕らしさであり僕の表現する感情の根幹をなすものである
薬は飲む様に言われてからキチンと飲んでいたが、自分の中の私がいなくなる様な感覚に襲われ今は勝手にではあるが少しの間断薬している
そして今は久しぶりに生きている実感が少し持てている
前の感覚から推測すると、決して躁の状態だからではないと自分では思っている
そして自分を取り戻しつつあるのか集中力が少し戻った様に感じる
薬を飲むと記憶と集中力、そして先の事を推測する力が極端に低下する様に思う
あと感情と向き合えなくなるというかわからなくなる
やっとこれで自分の感情の1パーセント位は分かりそうな気がする
どうもこの病気は遺伝と言う説が広がっているが、社会的要因と幼少期〔脳波が常にリラックスいている状態。大人で言う瞑想したりヨガをやっている状態〕の刷り込みがとても大きい様に感じている
というのを1度世間でいう躁の状態になってなんか納得した
多分覚醒剤や死ぬ前の幸福感という類などもこの感覚とほぼ同じだと直感で感じた
その時は全てが繋がっていて、空間が波というか波動というかそれで人同士が影響し合っていた
当たり前といえば当たり前だけれど人によって空間が支配されている感じ
あと引き寄せの法則だったかな?が流行ってましたけど、これがリアルに起きますww
多分気持ちが子供時代に戻って欲が無くなる?からなのかもしれないけれど数日間ではあったけれどビビりました
子供時代に戻った様に記憶がすべて蘇り、瞬間に出来事が頭の中で繋がって会話が弾んでしょうがなかった
僕自身はそこまで話してるつもりは無かったけどww
人同士が心と心で繋がっている感覚
他人の考えが自分の頭の中に入ってきて相手が僕になった様な感じで相槌もこう言ったら話しやすいだろうなというのがすべてわかっちゃう
最後まで話さなくても内容が分かる
小学生の頃はこんなだったよなぁと久しぶりにその時は幸せを心から感じで、心が満たされた
多分この本音というか自分自身の部分がすべて受け入れられたらそんな感覚に今でもなれるんだろうなと思う
で、この病気はそれを理性という強力な力で押さえ込み過ぎているから心が悲鳴を上げて、たまに心が癇癪起こして躁状態になってしまうのだと思う
普通の人でも軽くなっているのだけれど、理性が強い=自分を抑える優等生的なタイプの人がなりやすいのもこの状態を経験して勝手に納得できた
で、それでも無視して抑えつけると過労死とかになるんだろうなぁと
科学的に証明できるかと言われたらいまの時代ではまだ難しいから、あと数百年間数千年かかるか分からない
何てこと書いているとかなり頭がいっちゃってる感じですけど至って正常です
話は変わって「星の王子さま」を読んでみたけれど、これは子供時代の気持ちそのままでびっくりした
多分躁の時に読んだら凄まじく感動すると思う
あの時は頭のブロックが外れていろんな事が繋がって考えているからちょっとどんな風に感じるのか気になる
ブロックが外れるっていうのは固定概念がなくなる感じに近いかな
数学と物理と化学が1つのものとしてみれるというか、言葉のの壁を超えて共通認識で伝わるというか
言葉で書くと上手く伝わらないから残念ではあるけど
あとエリクソンの「アイデンティティとライフサイクル」と「青年ルター」、ルーマンの「社会システム理論」も躁の状態ではびっくりするぐらい頭の中に入ってくると思います
あぁ社会はこうなっていたんだと勝手に納得したのと同時に作者の頭の良さに心から感動しました
いま読んでもただの難しい言葉の羅列でしかないけどww全く意味が分からない
多分頭の回転が半端ないことになってたのだと思う
さて星の王子さま読んで寝ましょうかね~